plum

 

 李が現れた。


 なんて、RPGのシステム文のような一文が頭を過ぎった。

 憎たらしいほど白く綺麗な手の平の上に、赤い李がある。ただ在るだけだったら勿論私だって何も言わない。相手が「食べる?」と促しそれを水で剥きはじめるのをただ待つだけだったろうと思う。

 わざわざあんな一文を思考が紡ぎ出してしまったのは、李が彼のポケットとかから取り出されたわけではなく、握った手の平から生まれてきたからだった。

 彼はにこにこしたまま私が何か言うのを待っていた。未だ浮遊しているような気分が抜けず中々相応しい反応を返すことが出来なかった私は、結構な時間を要してこう言う。


「…………手品?」

「アハハ、そう見える?」


 李が皮を剥かれて、赤らめた肌を見せた。程よく熟れているようにみえるそれを、やがてみんな皮を剥いてしまうと広げさせた私の手の平にのせる彼。あげる、と優しく口が動くのが見えた。

 私は一度手の中の果実を見下ろす。しっとりとしていて、甘酸っぱい香りが漂っている。本物だということはほぼ間違いなさそう。それから何故か妙に清らしく思える。

 一つめの答えが違ったことが気に食わなかったわけではないけれど、分からないのが癪だったので「どこから盗ってきたの、」なんて言って相手の様子を窺う。相変わらず軽々しくて品のいい、矛盾したような笑みを浮かべている。


「盗ってないよ。それは僕の」

「じゃあ、テレポーテーションじゃないんだ」

「テレポーテーションって、ちょっと意味合いが違わない?」

「うるさい。結局なんなの、それ。魔法?」


 くすくすと大人しい笑い声を聞きながら、李を一口囓ってみる。とてもみずみずしくて美味しかった。

 彼が、非現実的であることは認めてくれるんだね、と何処か嬉しそうに言う。だってそもそも君の存在自体、リアルを超えてる気がする。初めに「手品?」なんて言ったのも、自分の常識を総動員させて答えを出したというよりは、捻ってわざとチープな可能性を示したに過ぎない。

 だからといって今まで実際に彼からこんなふうに超能力的なものを見せて貰ったことはないのだけれども。


「魔法、ね…。魔法なのかな」

「わからないの?」

「さあ。でも、願ったら出てくるんだよ」


 願ったら出て来る、なんて。やっぱりどこかの李をこっちに出しちゃうだけじゃないの?

 でなきゃゼロから何かが生まれることになっちゃう。非現実はあってもいいけど、そんなルールのないものはあんまり嬉しくない。私たち凡人が手も足も出なくなりそうで。

 それを言えば、彼はまた笑って頷いた。「ほとんどゼロから生まれてるよ」。

 一度や二度実証してみたことがあるらしい。世界に一つしかない友人の手作りの品を手元から生み出してもオリジナルもきちんとそこにあったとか、伯父の車のナンバープレートを出してみてもやっぱり伯父は困るようなことはなかったとか。

 ねえ、その能力がどれだけ恐ろしいものか分かって言っているの?


「僕だってこの力は怖いと思うよ。だから普段は使わない。さっき言った実験だって、自分の能力の姿をちゃんと知っとくためだったし、今使ったのだってもう三年ぶりになる」

「じゃあどうして使ったの?」

「その李は、ゼロから生まれてないから」

「…どういうこと?」


 教えない。人差し指を立ててそう言うと、彼は座っていた塀からおりて向こうへ行ってしまった。

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