第14話 夜、匂いを追って
沈黙を破ったのは、ケンタだった。
「実は……」
スーパーへ行こうと家を出たときから、ずっと誰かの視線を感じていたこと。
店内で視線の主を探そうとしたが、人混みでうまく行かなかったこと。
帰り道に、ミドリ君に話したこと。
――ぽつりぽつりと話すケンタの口調は、まるで自分を責めているみたいだった。
「ぼくもミドリ君も、てっきり……つかささんを見ていると思って……だからミドリ君は、つかさんの代わりに買い物に行ったんだと思います」
わたしが狙われていたっていうの?どうして、と、背筋が寒くなる。
でも、それよりも、いつものケンタとは違う、苦いような険しい顔に、見ているわたしまで、胸が苦しくなる。
「じゃあミドリ君は、その人にユーカイされちゃったの?」
わたしの服の裾をつかんだユキちゃんが、おびえた声でたずねる。
「……その可能性も、ある、よな」
トラのつぶやきで、スマホを握る手に汗がにじむ。
警察に連絡しなきゃ、そう思う気持ち。
でも、もしそれでみんなが元ペットのヒュニマロイドということがバレたらどうなるんだろう。もしかしたら、一緒に居られなくなるかもしれない。
2つのせめぎ合う気持ちのせいで、どうしたらいいのか、頭が真っ白になる。
「つかささん、大丈夫です」
震える手の上に優しく置かれたのは、ケンタの手。
「ぼくたちが、ミドリ君を、きっと見つけます」
いつもは優しいケンタの目。でも今は違う。優しさだけじゃない、強さが混じった眼差しが、わたしに「大丈夫」って言ってくれている。
「でも……」
そんなこと、できるの?と言いたげなわたしに気づいたトラが
「おれらは元動物だからな、そこらの人間よりは役に立つはずだぜ」
いつも以上に鋭く光るその目は力強く、不思議な説得力がある。
「つーちゃんは、とりあえず俺らにまかしてみ。ダメやったら、そんときまた考えよ」
セキ君の、いつも通りの明るさに、次第に気持ちが落ち着くのを感じた。
「ボクもボクも、案外強いんだからねっ!」
そう言って、しゅっしゅっとボクシングのように腕を動かすユキちゃんを見て、ようやくわたしは気づく。
みんながいるから、大丈夫!
「もちろん、わたしも行く!」
じっとしてなんかいられない!
もう、誰かに守られてばかりのわたしじゃいられない。
ミドリ君を――私の大事な家族を、取り戻そう。
消えた魔法を、今度は自分でかけるんだ。
「ミドリ君の匂いをたどれば、居場所がわかると思うんです」
というケンタの言葉で、わたしたちはミドリ君が通ったはずの道をなぞるように進んで行った。
日の落ちた後の薄暗い空。
すれ違うのは、家路を急ぐ人々。
道に、街灯やお店の明かりがやけにまぶしい。
そんな夜の道を、鼻が利くケンタと、暗いところでも目がよく見えるというトラの2人を先頭に、わたし、ユキちゃん、セキ君と歩く。
スーパーへ行く時に通る、よく知った道。
でも、暗いだけで、知っているはずの道がまるで別の世界みたいだ。
見慣れた木の影が、今夜はまるで黒い手みたいに見えた。
小さな音がするたびに、体がびくんとこわばる。
ここを右に曲がるとスーパーの前、という角で、ケンタが足を止めた。
「ミドリ君と、もう1人の匂いが、こっちに残っています」
ケンタが指さしたのは左。
「スーパーじゃなくて、こっちに行ったのか」
その住宅街は学校の裏だけど、わたしも、今まで行った記憶はない。なのに、何で……
でも――今は、ケンタを信じよう。
「行くぞ」
トラの言葉で、わたしたちは、はじめてその場所へ足を踏み入れた。
さっきよりも人がまばらなその道に、街灯と窓からさすあかりでできた、5人の影が時おり映る。
そんな中、迷わず進んでいたケンタが、ある建物の前で再び足を止めた。
「この建物です」
目の前には、3階建ての、小さいけれど新しそうな集合住宅。
ライトに照らされた木々に囲まれた自動ドアの先には、オートロックであろうもう1つの自動ドアが見える。
「おい、ほんとにここなのか?」
ケンタに確認するトラの気持ちもわかる。
「見た目じゃわからんで。俺も見た目はただの天才やからな」
セキ君の言うとおり、見た目が新しいからって、油断してちゃいけない。
どうやって入ろうか、と外から様子をうかがっていると、ちょうど住人らしき人が出てきた。
「今だ!」
トラの合図で、ケンタが走る。
閉まりかけた2枚目の扉が、ケンタに反応して止まった。
こうして無事にみんなでエントランスに入り、さらに建物の中を進んでいく。
「ここです」
ケンタの足が、2階の角部屋で止まった。
表札はない。
けれど、隅に置かれた小さな植物と、掃除が行き届いているその部屋の前は、やっぱり誘拐という言葉に不釣り合いな気がした。
本当にミドリ君がここに……?
わたしの疑問に答えるかのように、ユキちゃんがドアにそっと耳を近づけ、目を閉じる。
「……ミドリ君の声がする!」
その言葉に、心臓が跳ね上がる。
ミドリ君が、この部屋にいる!
目の前の黒いドアは、まるで何も知らないみたいに、わたしたちの期待と不安を静かに突き返す。
一刻も早く無事を確かめたい。だけど、どうしたら……
「こんなときは俺の出番や!」
セキ君は、わたしたちを少し奥に行かせてから、インターフォンのカメラ部分を手で隠しながら押した。
「こんにちはー、宅配便です。お荷物届けに参りましたー」
その声は、いつも家に来る宅配便のお兄さんにそっくり。
「はーい」
インターフォンから聞こえてきたのは、意外にも女の人の声。
(あれ、この声……)
その声は、わたしが知っている人を思い出させた。
でも、今はミドリ君の無事を確かめないと……!
ケンタとトラが扉の正面に、わたしたちは扉の裏に隠れる。
ガチャ
鍵の開く音が、静かな廊下に響いた。
重たそうな扉からゆっくりとこぼれる光を、わたしたちは息を止めて見つめた。
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