第13話 魔法がとけた夜

「わぁっ、すごい……!」

リビングは、輪飾りや風船、それから折り紙で作った色とりどりの花が賑やかに飾り付けられていた。

「つーちゃん、どう、どう?この折り紙のお花もね、僕が作ったんだよ」

胸をはるユキちゃんと、その横で自慢げにうなずくセキ君。

「いつものリビングじゃないみたい……」

まるで、魔法がかかった、シンデレラの気分だよ。

そうすると、この2人は、魔法使いかな……そんなことを考えて、口元がほころんだ。

「つかささん、買ってきたもの、冷蔵庫に入れ終わりました」

「あ、うん、ケンタありがとう」

このあとのご飯の支度はわたしの役目。でも今日は……

「せっかくだし、みんなでケーキ、つくらない?」

自然と言葉が出た。

「もちろんです!」

「まかしとき!オシャレなん作ろ!」

「え、ボクもいいの?わーい!あ、ボク、トラくんも呼んでくるねっ!」

みんなの弾んだ声に、わたしの心が温かく包まれた気がした。


まずは、ホイップクリームの準備。

「じゃあ、ケンタとトラは、生クリームをツノがたつまで泡立ててね」

ダイニングテーブルでわたしから生クリームと泡立て器を受け取ったケンタは、

「つかささん、このクリームにツノができるんですか?」

「一生懸命泡立てていると、そのうち、ね」

はじめは不思議そうに手を動かしてたけど、だんだん疲れてきたみたい。

「……ツノもミミも出てこないな。よし、オレがやる」

隣でボウルを覗き込んだトラが交代したけど、

「あー、腕が痛てー!これ、ホントにツノが生えるのかよ?」

なんて、2人であーだこーだ言いながら泡立て器を動かす。

ホイップクリームができるまでは、まだ時間がかかりそう。

「セキ君には、イチゴのカット、お願いするね」

「まかしときー!ほな、挟む用のイチゴから切るで」

そう言うとセキ君は、イチゴを1粒1粒丁寧にスライスしていく。

その見事な手さばきに感心していると、

「こんなこともできるでー」

そう言って、イチゴにスッスッと細かな切れ込みを入れると――イチゴが、バラの形になった!

「わっ、かわいいっ!これ、ケーキに飾ったらすごくステキになりそう!」

真っ赤なイチゴのバラに、思わず言うと、セキ君はにっこり笑った。

「それええな。ほな、あと何個か作ろか」

そう言って次のイチゴを手に取ったところへ、顔をのぞかせたのがユキちゃん。

「うわぁ、セキ君すごい!!ぼくも1回やってみたいよ~!」

「そのあと私もお一つ挑戦してみていいですか?」

ユキちゃんとミドリ君、それから無事ホイップクリームを完成させたトラとケンタもきて、セキ君に教わりながら、1つずつイチゴのバラを作っていった。


スポンジケーキに生クリームとイチゴを挟んだら、ケーキの周りにクリームを塗っていく。それはミドリ君にお願い。

「お嬢さんのお願いなら、お任せください」

ミドリ君はメガネをかけ直すと、スポンジに生クリームを慎重に塗っていく。

ぺたぺたと塗るその真剣な眼差しは、まるで何かの職人さん。

思わずわたしたちも、息をのんで見つめて、見事、真っ白なクリームをまとったケーキになった。

「わー、キレイだね!ねね、つーちゃん、ボクのお手伝いは?」

「ユキちゃんは、わたしと飾り付けだよ」

わたしが絞った生クリームの間に、ユキちゃんがヘタを切ったイチゴをのせていく。

ケーキの上をぐるりと1周すると、真ん中がぽっかりと空いた。

「セキ君、さっきのイチゴのバラ、ここに飾っていい?」

「当たり前やん。せっかくやから、俺らが1個ずつのせてええ?」

こうして、真ん中にイチゴでできた5つの真っ赤なバラが咲いたケーキが出来上がった。

「ねぇつーちゃん、このケーキ、すごいからさ、写真撮ろうよっ!」

わたしに駆け寄ってきたユキちゃんの手には、いつの間にかわたしのスマホ。

どうやら、セキ君にカメラの使い方を教わったらしい。

わたしたちは、インカメラでぎゅうぎゅうになって笑いながら、ケーキを囲んで、初めてみんなで記念撮影をした。


記念撮影のあと、手巻き寿司の準備にとりかかろうと戸棚を開けたわたしは大事な気づいた。

「海苔がない!」

手巻き寿司なのに、海苔がないなんて。

この際、ちらし寿司にしちゃう?とも思ったけど、ミドリ君が

「私でよければ、すぐ買ってきますよ」

って言ってくれた。

「1人で……大丈夫ですか?」

心配そうに聞くケンタに、

「みなさんより大人ですから、安心してください」

柔和な目でほほえんで、財布を手に出かけて行った。

スーパーまでは歩いて往復15分ぐらいだから、きっと20分後には帰ってくるはず。

わたしは時計を見た。

じゃあ、それまでご飯の支度を進めないとね。

わたしは手巻き寿司の準備、ケンタとトラはサラダの準備、セキ君とユキちゃんはテーブルセッティング。

それにしても、みんなでやると、あっという間に準備ができることに今さらながらおどろいちゃう。

それに……一生懸命サラダを作るケンタとトラ。

テーブルにお皿やコップを並べるセキ君とユキちゃん。

その姿を見ているだけで、胸の奥がふわっとあたたかくなった。

自分で全部するのもいいけど、みんなで一緒にするのって、心があったかくなるんだね。


飾り付けられた部屋。テーブルの上に並ぶごちそう。

なのに、部屋に響くのは、カチ、カチという秒針の音だけだった。

いつも通り動く時計は、正しい時刻を示していて、それが余計にわたしたちを不安にさせた。

「ミドリ君……まだ、帰ってこないね」

ぽつりとつぶやくユキちゃんの声が、部屋の静けさに消えていく。

そんな状況にしびれを切らしたのか、隣に座っていたトラが

「そこのスーパーだよな。ちょっと見てくる」

と立ち上がった。

「――ダメ!暗いし、危ないよ!それにもしトラまで……」

わたしの声は、気づいたらふるえていた。

もしトラまで帰ってこなかったら、そう考えるだけで、胸の奥がぎゅっと痛くなる。

セキ君が、わたしの肩にポンと手を置いて、穏やかな声で言った。

「しゃーないな、じゃあ俺がついてったる。俺がおったら、百人力やろ?」

肩から伝わる手のあたたかさに、よけいに胸が苦しくなる。

「すぐ戻るから」

「ケンタ、ユキ、つーちゃんを頼んだで」

セキ君の言葉に、ケンタとユキちゃんが力強くうなずく。

こうして、トラとセキ君は、すっかり日が沈んだ外へ出ていった。

トラとセキ君を見送ると、賑やかに飾り付けられたリビングも、丁寧に盛りつけられた料理も、一気にさみしく感じられた。

さっきまで、あんなにキラキラしていたのに。

……そっか。

みんながいなきゃ、きっと、ダメなんだ。

静かな部屋に秒針が響くたびに、胸の中のざわめきが広がっていく。

「トラ君たちも、帰ってくるよね……?」

小さくかすれたユキちゃんの声が、わたしの胸にずしんと響いた。

わたしは、自分でもわかるヘタクソな笑顔で

「きっと大丈夫、すぐ帰ってくるよ」

――そう言いながら、自分の冷たくなった手を握りしめた。


時計の針がゆっくりに感じて、もどかしい。

「!帰ってきた……!」

ユキちゃんの声と同時に、

ガチャ

玄関の扉が開いた。

「おかえり!……ミドリ君、は……?」

出迎えたわたしたちに、トラとセキ君は目を合わせてから――静かに首を振った。

トラの険しい目。いつもは明るいセキ君の、見た事のない表情。

……誰も、何も言わなかった。

開いたままの玄関から入る冷たい空気が、玄関に立ちつくすわたしたちをゆっくりと包んだ。

魔法は、消えてしまった。

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