第12話 パーティー準備と黒い影
玄関のドアを開けるより早く、家の中からユキちゃんが飛び出してきた。
「3人とも、おかえりー。いいことあったでしょ?足音でわかるよ!」
「ふふん、まあな」
得意げに鼻を鳴らしたトラが、握りしめてくしゃくしゃになったテストを見せびらかした。
「わわー!丸がいっぱいある、すごいね!」
「僕もトラも、もちろんつかささんも、無事合格です」
今日のテスト、教室中の空気がやる気にあふれていたみたい。
それに気づいた先生が、すぐに丸つけを始めてくれて、テストは、その日のうちに返却された。
結果は……ケンタが82点、トラが80点、わたしが92点!みんな、がんばった!
「3人とも、頑張りましたね。でも、勉強はこれで終わりじゃないですからね」
なんてテストを見たミドリ君は言ったけど、その目はとっても優しい。
「ね、せっかくだからさ、このあと、テストおつかれさまパーティーしようよ!」
ユキちゃんがぴょんぴょん跳ねながら言うと、セキ君が乗ってきた。
「ええな!めでたいときはパーティーで決まりや!ほな、めちゃくちゃ飾り付けしよか!」
といいながら、さっそく折り紙を手に取った。
「……疲れたから、ちょっと寝てくる」
トラは大きなあくびを一つして、2階へ行ってしまった。
残されたわたしとケンタは顔を見合わせて、それから、ミドリ君の顔をじっと見る。
(パーティーしたいな……楽しそう……)
「……まあ、たまにはパーティーもいいですね。我々は買い物にでも行きますか」
わたしたちの期待のまなざしに、ミドリ君は観念したように小さくため息をついた。
早速、ケンタ、ミドリ君、わたしの3人で、買い物へ行くことになったんだ♪
3人で近くのスーパーへ行く途中。
「パーティーって、何するんですか?」
うーん、改めて聞かれると、どう説明したらいいのか迷っちゃう。
「パーティーとは舞踏会のことですよね。シンデレラも参加していました」
大真面目にミドリ君が言うけど、それは多分、違う。
「えっと、今回は、飾り付けた部屋で、みんなで楽しくご飯を食べる、って感じかな~……って、ケンタ、聞いてる?」
隣のケンタは、なんだか様子が変。どうしたんだろ。
「あ、ごめんなさい。みんなで楽しくご飯……!いいですね」
ご飯という言葉にパッと顔が明るくなるケンタ。こういう時の反応は、犬だった頃と変わらない。
「でしょ。メニューは何がいいかな?」
「そうですね、お祝いといえば、お赤飯、鯛のお頭つき、お寿司、ケーキ……」
前半2つは、結構渋い。でも、
「お寿司とケーキ、いいね!」
「僕、お寿司とケーキ、食べてみたいです!」
「では、今晩のメニューは、手巻き寿司、簡単なサラダ、それから、ケーキ用のスポンジを買って、みんなで飾り付けていただくのはどうですか?」
ケーキにみんなで飾り付けをするなんて、考えただけでもワクワク。
わたしはもう、ミドリ君の提案だけで浮き足立っていた。
「さぁ、行こっ!」
心が弾むまま、スーパーの入り口をくぐった。
夕方のスーパーの店内は、いつもケンタと買い物にくる休みの日よりも、人がいっぱい。
二手に別れて品物を探そうってことになったんだ。
買い物が早く終わったら、その分パーティーの準備がいっぱいできるもんね。
ケーキの材料は、お店の奥の棚。
「ケンタ、1人でも大丈夫?」
「はい。つかささんと来たことがあるし、迷ってもつかささんのにおいで……」
「もうっ、犬じゃないんだから、においで探さないでよっ」
ケンタがくすっと笑って、わたしもつられて笑った。
「じゃあお願いね。スポンジと生クリーム見つけたら、合流だよ」
「はい!」
わたしとミドリ君は、ケンタの背中を見送ってから、野菜果物コーナーへ。
そこには、色とりどりツヤツヤピカピカの果物や野菜が並んでいた。
「ねえミドリ君、イチゴあったよ!真っ赤で甘そうだし、ケーキにぴったりだよね!サラダには、う~ん、レタスと、キュウリと、トマトと……あと、何入れようかな?」
イチゴのパックを手に振り返ると、カゴを持ったミドリ君が、じっとこちらを見ていた。
「えっと、どうしたの?」
やばい、楽しみで、はしゃぎすぎちゃってたかな……
「いえ、ただ……お嬢さんが楽しそうで、本当に良かったなあと思っただけですよ」
そう言って、ミドリ君はふわっと笑う。
わたしが生まれるずっと前から家にいるミドリ君は、うちの家族のことをよく知っている。
だから、しみじみ言われたその言葉が、なんだか、胸にじーんときちゃった。
「……ミドリ君たちのおかげだよ!」
ホントにそう思う。ママがいなくても大丈夫なのも、みんなが一緒にいてくれるから。
それに、わたし、みんなのおかげで、色んなことに気づいたんだよ。
でも、なんか改めて言うのも照れくさくて、
「あ、このパプリカさ、これもサラダに入れよっ」
思わず話題をそらしてしまった。
そんな感じで、無事にイチゴと野菜、それから魚コーナーでお刺身を選び終わったんだけど……なかなかケンタが戻ってこない。
「ケンタ、ケーキの場所、わかんなかったのかな?」
店内を1周探したけど、ケンタには会えない。
どこかですれ違ったのかもしれない。それとも、……何かあった?
もう1周しようかとミドリ君に話していたら、ちょうどケンタが来たんだけど。
「あ、ケンタ、さがしてたよ。……あれ?ケーキとクリームの場所、わかんなかった?」
ケンタの手には、探しに行ったはずのケーキの材料は、何もない。
少し息が上がっていて、でも顔色は悪くて……まるで、何かから逃げてきたみたいだった。
「すみません、ちょっと……」
一瞬、言葉を詰まらせて、ケンタは背後を気にするみたいに目をそらした。でもすぐに、
「ぐるっと回ったんですけど、わかんなくなっちゃって。一緒に探してもらっていいですか?」
申し訳なさそうに言うケンタは、いつも通りに見える。だから、きっと、迷って不安になっただけだよね。
「難しいよね。大丈夫、一緒に探そう」
こうして、買い物を終えて、夕暮れの道を3人で帰る。
わたしは鼻歌まじりに歩いていたけど――
財布を手に、軽やかに歩くつかさに気づかれないように、ケンタは一歩下がって、小さく低い声で言った。
「ミドリ君……さっきから、誰かが僕たちを見てる。知らない匂い。スーパーで確かめようとしたけど、逃げられた。つかささんを、守らないと――」
その険しい眼差しは、どこかにいる敵を探すようだった。
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