第11話 見つけた、応援の輪
水曜日、いよいよ小数のかけ算。
休み時間に、よし、やるぞ!って4人の机をくっつけたとき。
「俺も……入れてくれない?」
そう言ってきたのは、この間の50メートル走でケンタとトラに続いて3位だった、鈴木君。
「鈴木君……いいけど、サッカーは?」
鈴木君は、足が速くて、いつもにぎやかな男子グループの一員。
だから、勉強したいって声をかけてきたのが、なんか意外だなって思っちゃった。
たぶん、そんな思いが、わたしも友梨ちゃんも顔に出ていたんだと思う。
「俺もさ、次のテスト、ちょっと心配でさ……。それに、なんか新飼たち、楽しそうだったし」
控えめに言う鈴木君。
サッカー中の大きな声とはちがって、ちょっと照れたみたいな笑い方に、思っていたより話しやすいなって思う。
いつの間にかケンタとトラが机と椅子を用意してくれて、……5つ目の机がカチッと合わさった。
昨日よりも1つ増えた机に、開かれた教科書と散らばっていく消しカス。
全部が、わたしたちの努力の証なんだ。
いよいよテストを明日に控えた木曜日。
雨のせいで、休み時間の教室はいつもよりもざわざわしている。
そんな中だけど、ケンタ、トラ、鈴木君は、計算問題と文章題が混ざった友梨ちゃん特製模擬テストに挑戦!
制限時間は10分でやっているんだけど……。
「あーもう、無理!!」
計算問題までは順調に解いていたはずのトラが、文章題で頭をかきむしる。
「猫宮君、まだ時間あるから、落ち着いて」
友梨ちゃんがなだめるけど
「ややこしすぎて考えらんねーよ。なんだよ、1mで4.52gのロープって。読むのもめんどくせー!」
そう言って頬杖をついて、とがらせた口と鼻の間に鉛筆を挟んだ。
そんなトラに、せっかくここまでやってきたから、もうちょっと、頑張ろうって言おうとしたとき。
「猫宮、こことここ、小数点の位置違ってる」
「あと、たぶんこれとこれも、繰り上がり違うかも」
トラの後ろからスッと伸びた2つの手が、いくつかの筆算を指さした。
「え?まじ?」
トラがくるりと振り向いた先には、クラスメイトの男子が2人。
いつもはサッカーをしているけど、今日は教室で過ごしていたみたい。
「お前も犬丸も、イケメンで運動できるのに勉強苦手とかギャップすごすぎだろ」
「鈴木もやるって言ってたけど、結構ガチでやってんだな」
トラは2人の男子の顔と自分の筆算を見比べると、「ほんとだ、違ってた」とつぶやいて、解き直しはじめた。
「猫宮、計算速いんだから、見直しちゃんとすれば最強じゃん?」
「文章題できなくても、計算全問正解なら、合格点とれそうだよな」
トラの背中で話す2人に、友梨ちゃんが叫ぶ。
「それだよ!猫宮くん、それにしよ!猫宮君は文章題が嫌なら、とりあえず今回はやらなくていい。その代わり、計算速いんだから、計算問題を必ず2回解きなおして、完璧にするの!」
友梨ちゃんが、いいよね?とわたしの方を向く。
トラも、「文章題イメージするより、計算もっかいやる方がいいな」って言ってるし。
それなら……と、わたしはうなずいた。
「あの、ありがとう!」
いつの間にか席に戻ろうとする男子2人に、自然と声が出た。
わたしだけなら、きっと思いつかなかったことが、みんなのおかげで生まれている。
しかも、ちゃんと、トラに合ったやり方で……!
――そうだ!
……トラがうまくいきそうって思ったのは、トラに合ったやり方だと思ったから。
じゃあ、ケンタには……?
わたしはあわてて、テストを解くケンタの表情と鉛筆の動きを見比べた。
この問題は、とけた。でもこっちの問題は……途中で止まったまま、手が動かない。
「ケンタは、……わからない問題は、1回とばしちゃおう!」
「え?」
いきなり名前を呼ばれてびっくりしたのか、それとも言っていることがわからないのか、ケンタは不思議そうにわたしを見る。
すると、一通り解き終えた鈴木君が、
「俺もそれやってる!解けそうな問題からやってみて、わからないのはあとでやるんだよな」
「でも、順番にしなくて、いいんですか……?」
心配そうに聞くケンタに、少し離れたところから、
「全然わかんない問題に時間かけてたら、時間もったいないよ」
「犬丸君って真面目だよね。でも、テストのときは、やりやすい方法でよくない?」
って女子の声が飛んできた。
「ま、空欄になっても、わかんなかったから仕方ないよな。また覚えたらいいし」
そう言って鈴木君はいくつか空欄がある紙を出しながら、「丸つけして」と友梨ちゃんに見せた。
「やったー、俺、90点!」
鈴木君が教室中に聞こえる声で嬉しそうに跳ねると、
「おおっ」「すごいじゃん」
って声が聞こえる。
その声に後押しされるように、鈴木君がケンタとトラに
「犬丸と猫宮ががんばってるから、俺もやろうって思えたんだよ。明日のテスト、がんばろうな!」
って言う。
力強くうなずく、ケンタとトラ。
そのとき、気づいた。
クラスの中に、静かに、――でもたしかに、小さな応援の輪ができていたんだ。
初めは「5年生なのに九九もできないの?」って視線を感じることもあった。
でも、今はちがう。
みんなが、――見ていてくれてたんだ。
ケンタとトラは、2人のペースで、しっかり前に進んでいる。
「ちゃんとしなきゃ」って思っていた2人の勉強のことも、そうだ。
そう気づいたら、わたしの心に固まっていた何かが、ほわっとほぐれていった。
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