第10話 九九に挑戦!

「え、昨日やっと足し算ができるようになった?……ほんとに?」

そのあとしばらく無言になる友梨ちゃんに、小さな声で「なんかゴメン」って謝る。

どうやら2人の出来なさは、友梨ちゃんの想像をはるかに超えていたみたい。

「昼休みまで、待って」

友梨ちゃんはそう言い残して、ブツブツ言いながら自分の席へ戻って言った。


そして昼休み。

「はい、これ」

足し算の筆算の復習をするわたしたちの目の前に出されたのは、1枚の紙。

”学習計画”と書かれたその紙には

土日…九九を覚える

月火…かけ算の筆算

水…小数のかけ算

木…模擬テスト

金…テスト本番

とあった。

「これ……友梨ちゃんが考えてくれたの?」

紙と友梨ちゃんの顔を見比べる。

「とりあえず、今回のテスト対策ってことで」

少し照れたように言う友梨ちゃん。

紙を覗き込んだ2人も

「ふーん、これだけか。簡単そーだな」

「ありがとうございます、僕、頑張ります!」

って、やる気出てきたみたい。

「よかった。じゃあ、土日で、九九を完璧に覚えてきてね」

友梨ちゃんが、女神みたいににっこり笑った。


家に帰ると、まずは宿題。

今回は漢字練習だったから、何とか晩御飯前に終わって、ほっと一安心。

晩御飯のカレーライスを食べながら、ミドリ君、ユキちゃん、セキ君に、テストがあることを話した。

「なんか学校って、……大変なんだね」

心の底から気の毒そうに言うユキちゃん。

もうすっかり「学校に行きたい」とは思ってないみたい。

「私たちにできることがあったら、何でも言ってくださいね」

というミドリ君の言葉が頼もしい。

「で、九九っちゅーのをこの土日で覚えるんやな」

友梨ちゃんが2人にくれた九九表を、セキ君が不思議そうに見ながら言う。

「うん。だから今日は早く寝て、明日、1の段から順番に覚えていこ!」

この土日で、バッチリにしておかないと!


そんなわけで、土曜日。

晩ご飯の支度をするわたしの隣で、九九を唱えるケンタとトラ。

「なんかお経みたい~……」

「おかげで俺もう九九覚えてしもたわー」

ユキちゃんとセキ君は、朝から一日中九九を聞かされて、さすがに限界ぽい。

「そうですね。じゃあ2人とも、そろそろ何も見ないで言ってみましょうか」

って、ミドリ君がテストしてくれたんだけど……

「ケンタくん、違います。ニク、ジュージューじゃなくて、ジュウハチです」

真顔のミドリ君に、ケンタは目をぱちくり

「あれ?そうでしたか?」

「焼き肉にしてどうすんねん!」

思わずセキ君がツッコミを入れしまう。

「トラくんは、七の段から先、覚えてないですね?」

「こんなにたくさん覚えられねーよ!」

「ボクも、5より多いのは、”いっぱい”でいいとおもうよ!」

ユキちゃんの考えは極端だけど、たしかに、7の段から難しいのは、なんかわかる。

どうやらケンタは、コツをつかむのに時間がかかるタイプ。

トラは、気分屋でめんどくさがり。

2人とも頑張っていたし、とりあえず今日はおしまいってことになったんだけど……。

きっと、大丈夫……だよね?


日曜日も朝から九九……のはずが、朝ごはんになっても、トラがなかなか部屋から出てこない。

様子を見に行こうとしたら、ケンタがこっそり、実は……って教えてくれた。

「九九とかめんどくせー!勉強なんかしたくねー!」って布団にくるまってるんだって。

なるほど、と、わたしは部屋の前でため息をついた。

ノックしようとした手が、宙をさまよう。

「……めんどくせー、か……」

わかる。すごくわかる。

わたしだって、ほんとはそう思うこと、ある。

でも、言っちゃいけないかもって思って、ぐっと飲み込んでいる。

だから、そんな言葉をまっすぐに言えるトラが、なんだかうらやましい。

「じゃあ、減らしましょう」

不意にミドリ君の声がした。

真剣な顔で手にした九九表を眺めていたかと思うと、九九表を真っ二つにするかのようにナナメの線を引いた。

……!そっか!かけ算は入れ替えても答えは同じ。

九九も、3×7と7×3は同じ答えだから、そういうのは片方だけ覚えておけば何とかなるかも!

早速ドアの向こうのトラに教えると、「……それならいけるかも」って、部屋から出てきてくれた。


ほっとして戻ったリビングでは、何やらにぎやかな声。

「それじゃあ、6の段、いっくでー☆ろくいちがーろく♪ろくにーじゅーにっ♪」

セキ君が鉛筆をマイクがわりに熱唱し、その隣でユキちゃんが指で数字を作りながら踊っている。

2人に向かい合うケンタは、ペンライト、じゃなくて懐中電灯を振りながら

「ろくいちがーろく♪ろくにーじゅーにっ♪」

ってセキ君に続いて歌ってる。まるで、アイドルのライブ会場。

「ケンタ、どうしたの?勉強、イヤになっちゃった?」

ユキちゃんやセキ君はともかく、ケンタが懐中電灯を振り回してる……って心配してたら、

「ちゃうちゃう。歌で覚えてみたら?ってなってん。セキ君のオリジナル九九ソングやで」

「お経よりこっちの方が楽しいでしょ。ダンスはボクが考えたんだよっ」

「これなら全部覚えられそうです!」

だって。

でも、九九を歌いながらノリノリで躍る3人が、なんだかすごくハマってて、気づかれないように笑いをこらえた。


そして月曜日。

教室の中に広がるどことなくけだるい雰囲気を吹き飛ばすように、ケンタとトラは友梨ちゃんに駆け寄ると九九を披露した。

そんな2人を、数人のクラスメイトが「なんで九九?」って言いたげな顔で見る。

「すごい!覚えたね!わたしも、準備してきた甲斐があったよ」

友梨ちゃんがランドセルから2枚の紙を机に置いた。

そこには、友梨ちゃんの丁寧な字で書かれた筆算の問題たちが、2人分。

しかも、2桁×1桁の簡単な計算からはじまって、少しずつ難しくなるようになっているの。

「すごい!……ありがとう!」

2枚の紙を、思わずぎゅっと抱きしめる。

コピーじゃない。字も線も、全部友梨ちゃんが書いたやつ。

所々残る消しゴムの跡や、線のゆがみ。きっと、たくさん時間かかったよね。

わたしたちのために……って思ったら、涙が出そうになった。

そんなわたしを、隣に立つケンタとトラは、きょとんとした顔で見ていた。

2人にとって、わたしやママ以外の人が、自分のために何かしてくれたのって、初めてなのかもしれない。

でも、家族以外にも、助けてくれる誰かがいるのって、こんなにうれしいんだよ。

ケンタとトラも、きっと、すぐにわかる。こんなふうに、心がふわって軽くなること。

お手製プリントでかけ算の筆算のやり方を説明してもらったら、

「じゃあ、これ解いてみて」

という友梨ちゃんの言葉に素直に計算を始める2人。

その解き方を、わたしと友梨ちゃんが静かに見つめる。

ケンタは、1問解くのに時間がかかるけど、うん、合ってる!

トラは、できた!って言うのは早いけど、うっかりミスが多い。

「大丈夫、2人とも、基本的なことは分かってるし、いい感じだよ!明日もがんばろ!」

って友梨ちゃんが言ってくれたら、不思議と大丈夫な気がしてくるよ。


火曜日のかけ算の筆算は、3桁×2桁にレベルアップ。

昨日よりも大変かな……そう思っていたのに、

「昨日のと似てますね」

「やり方わかるかも」

なんて言うから、わたしも友梨ちゃんも、2人の鉛筆の動きをじっと見ていた。

……解けた!しかも、合ってる!

――すごい。ほんとに、すごいよ!

「わかった!」って目を輝かせる2人に、胸の奥がふわっとあたたかくなった。

隣を見ると、友梨ちゃんと目が合って、

……何も言わなくても伝わる気がした。

そう思ったら、自然と笑い合っていた。

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