第8話 はじめての、帰り道
昼休みが始まると、他のクラスからもケンタとトラを見に来たのか、人だかりがさらに増えていた。
その輪から外れたわたしは、ますます2人が遠くに感じて……
「はぁ……」
なんだかいたたまれなくなって、教室を出たとき。
「つーちゃーん♪」
「セキ君!?どうしたの?」
「学校て思てたより忙しいわー、つーちゃん癒してー」
そっか、大変だよね、よしよし、と、思わず頭に手が伸びたけど、少し離れたところにいる6年生のお姉さん達の視線を感じて、ストップ!
セキ君は、わたしの目線の先にいるお姉さんたちに気づいてヒラヒラと手を振ると、すぐにわたしに向き直った。
「5年生の教室がわからん~って言ったら、アリサちゃん達が教えてくれてん。他にもいろいろ教えてくれるから助かるわー」
セキ君のことだから、たぶん、上手くやれてるんだろうな、うん。
「それより、今日の晩御飯何~?」
「……オムライスの予定だけど」
ううっ……話は聞こえてないと思うけど、お姉さんたちにすっごく見られているのはよーくわかる……。
「それ聞いたら頑張れそうな気してきたわ!そういえば、ケンタやトラはどこにおるん?」
「あ、教室に……」
と人だかりを指さす。
セキ君が、ドアから教室を覗き込む。
「なんや、見えんけど。おーい、ケンター、トラー、セキ君が来たでー」
わわわ、声が大きいよっ!
あわてて止めようとしたけど、もう遅い。
教室中の視線がセキ君に向かう。わたしの顔がひきつる。
「つーちゃんが、今日の晩御飯はオムライスやてー。楽しみやなー」
あああああ、ちょっとセキ君!
何でここでわたしの名前を出すの……!
「なんや、つーちゃん、照れてるん?つーちゃんのご飯がおいしいのはほんとのことやでー」
一人顔面蒼白になるわたし。
それまで賑やかだった教室内が、ピタリと静まる。
みんなの目だけが、一斉にこちらに向けられる。
モデルみたいにかっこいい6年生がいきなり来ただけでもびっくりなのに、クラスで注目の2人の名前に、新飼の晩御飯……??って思ってるのが、凍りついた空気から感じる。
しばらくしてから、ケンタの近くに立っていた女子が、恐る恐る口を開いた。
「え、犬丸君って、あの6年生と、新飼さんと、知り合いなの?」
「えっと……」
ケンタは、「言っていいんですか?」という目でこっちを向く。
でももうそれが答えになっていることに、全く気づいていない。
それを見ていたトラの隣で喋っていた男子も、続く。
「晩御飯って……まさか一緒に住んでたり?」
「……さあ」
トラなりにはぐらかしたつもりなのかもしれないけど、ここはハッキリ「違う」って言わないと!いや、違わないから仕方ないのかな……。
とたんに、教室中が、ざわめきであふれかえった。
好奇心が抑えきれない男子の視線も、何それ?って顔をしている女子の視線も、容赦なくわたしに突き刺さる。
ああ、終わった。
「あ、ごめんつーちゃん、学校で話さんで欲しいっていうの、会えたら嬉しくて、すっかり忘れてたわ」
隣からセキ君がこそっと言ったけど、わたしの頭の中はもう、それどころじゃなかった。
放課後を告げるチャイムが鳴ると、わたしは教室を飛び出した。
昼休みのセキ君の襲来で、あのあととーっても大変だったんだから。
みんなから繰り返される似たような質問に、”元ペットのヒュニマロイド”ってことを隠しながら答えなきゃならないのって、想像以上に疲れるよね……。
あんまり聞かれるとボロが出そうだし、一部の女子の視線がわたしにだけなんか怖いし、とにかく、これ以上聞かれたくなくて、とっさに
「ただの親戚の子ってだけ。大人の都合で、ちょっとしばらく一緒に住まなきゃだけど、ほんとにそれだけだから!」
なんて誤魔化してみたけど……。
夕方の道を1人で歩きながら、今日を思い出す。
ケンタ、トラ、セキ君にとっての、初めての学校生活。
慣れないことして、大変だったよね……
それでも、ケンタもトラも、わたしのために頑張ってくれてた。それなのに……
気がつくと、家の前に誰かが立っている。
夕やけの光の中にぼんやりとゆれるケンタとトラの姿。
心臓が大きくドクンと跳ねた。
顔は見えないけど、はっきりとわかる。
――わたしを、待ってる。
引き返すのも不自然だし、でも、どうしたらいいかわからなくて、その場で動かなくなったつま先を見つめる。
2つの長い影が、ゆっくりこちらに近づく。顔は、まだ、上げられない。
「つかささん」
少し悲しそうなケンタの声に、何か言わなきゃって焦る。
「あ、先に帰っちゃってごめんねっ!あと、昼休みのことも……みんなに変に思われちゃうかなって思って」
へへって笑おうとしたのに、うまく笑えない。
「……変とか話しかけるなとか。……そんなにオレらと一緒なのが、嫌なのかよ!」
トラの大きな声に、体がびくっとする。
「いい子にするって言ってたのに、ちゃんとできなくて……やっぱり変でしたよね」
ケンタの握りしめた手が、震えている。
「……悪かったな、もう明日からはつかさに関わらねーよ」
吐き捨てるように言うトラ。
「ちがう……ちがうの!」
思わず顔を上げる。
悔しそうなトラの目と、悲しそうなケンタの目。
……そんな顔、しないで。
「わたし……ほんとは、すっごく嬉しかった。一緒に学校行けるのも、助けてもらったのも、全部……」
ドキドキした気持ちがあったこと。
同時に、ほんの少しの、冷たい視線を思い出す。
「でも、みんなにいろいろ言われたらって思うと怖くて……。それに、2人が知らない人みたいにキラキラで、胸がぎゅーってして……なんか、わかんないもん」
そこまで言って、口をつぐんだ。
もう何を言ってるかわからない。
ケンタもトラも、何も言わない。
2人とも、きっとあきれてるんだ……。
風にゆれる木の葉の音が、やけに大きく聞こえた気がした。
「僕も……」
ケンタの、絞り出すような声。
「僕も、今日は、つかささんが知らない人みたいで、……さみしかったです」
トラは、呆れたように言う。
「つかさ、お前さ、オレらが何のために学校行ってると思ってんだよ」
「それは、ママが行けって言ったから……」
「それもあるけど、学校行けば一緒に居られると思ったからだよ!言わなくてもわかるだろ!まぬけ!」
トラの予想外の言葉。だけど、その表情を見れば、本心だってことがわかる。
不安……同じだったんだ。それから……
「なんで笑うんだよ」
「同じだったんだなぁって。」
わたしの言葉に、ケンタもトラもぽかんとして……それから、ようやく笑った。
そうだった。わたし、2人を悲しませたくないんだった。
「明日からは……普通に話そ……?」
「え、いいんですか?」
「うん。でも、ペットだったってバレないように、目立ちすぎはひかえてね」
「つかさがまぬけなことしなけりゃ平気だよ」
「うっ……それは、わたしも気をつけるけど」
明日からも、きっといろんなことがあるけど――3人なら、きっと大丈夫だよね。
オレンジ色の暖かい光が、わたしたちを静かにつつんだ。
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