第7話 目立たないって
3時間目は、体育。
でもその前に、ケンタとトラに確認しないと……。
更衣室でさっと着替えると、「ちょっと先行ってるね」と友梨ちゃんに言い、校庭へと走る。
玄関で靴を履き替えていると、クラスの男子たちにぎやかな声。
その輪の中にケンタとトラがいることに気づいて、とっさに柱の陰から様子をうかがう。
ケンタの姿はひときわ目立っていた。少し背が高くて、キラキラの笑顔がまぶしい。囲まれる姿は、まさに、人気者。
一方のトラは、キレイな顔とそっけない態度。まるで近寄るなって言ってるみたいな、クールな感じ。
……今のところはなんとか、大丈夫そうだけど。
心配なのは、このあと。
今日は校庭で、50メートル走とソフトボール投げをするって。
あの2人に、正体がバレないように!目立たないように!って伝えないと。
でも、あんなふうに囲まれてたら、話しかけづらいよー……。
ふとわたしの視線に気づいたケンタの顔が、ぱっと明るくなったかと思うと……
ケンタは輪をするりと抜け、まっすぐこっちに駆け寄ってくる!
とっさに柱の後ろにまた身を隠す。
一緒にいた男子の、「おい、どこ行くんだ?」の声に、「おれも、トイレ。先行ってて。」というトラの声。
「じゃ、校庭で待ってるからなー」という男子の声とともにざわめきが遠ざかっていく。
……
……
えっと、今の状況は、ひとけのない場所で、2人の男の子に挟まれてる、って感じ……
「つかささん、どうしましたか?」
目をキラキラさせたケンタと
「学校ではあんまり話しかけるなって言ったの、そっちだよな」
ぶすっとしながらも、じっとこちらを見つめるトラは、多分怒っているわけじゃないと思うけど……。
「ご、ごめん。ちょっとだけ……その、体育、あんまり目立たないようにしてほしくて……」
な、なんとか言えた……!
「何だよ、そんなことか」
トラが分かりやすくため息をついた。
あれ?なんかガッカリしているみたい……?
「わかりました。つかささんに心配かけないように、気をつけますね」
素直に頷くケンタに、ほっとする。
「うん、ごめん、それだけ、じゃあねっ」
ドキドキする胸をおさえながら、2人を残して校庭へ走った。
準備運動の掛け声に合わせて体を動かしているときも、わたしの心はなんだかソワソワしていた。
最初は、50メートル走の測定。
先に女子が走るんだって。
わたしは、平均よりちょっと遅め。運動は苦手かも。
走り終えてゴール近くに並んで座っていると、「次、男子走るよっ」と誰かが言った。
その声に、自然とケンタとトラを探す。
4人ずつの名簿順。ケンタもトラも最後の3人グループの走者だ。
ケンタの隣には、陸上クラブ所属ってウワサの、クラスで一番足が速い男子。
「位置について。用意……」
パン
ピストルの音とともに、3人が走り出す。
みんなの目が、3人、いや、2人に釘付けになっているのがわかる。
わたしも、息を呑んだ。
そのくらい、ケンタとトラは、速かったから。
一番にゴールしたのは、ケンタだった。と言っても、本当にその後すぐにトラもゴール。一拍置いて、3位はクラブ所属の男子。
「あー!負けたぁっ」
顔を赤くしたトラが、くやしそうに叫ぶ。
「……足の速さには、自信ありますから」
得意げなケンタの声の中にも、ほんの少しだけ弾んだ息が混ざっている。
「ふ……2人とも、ほんとにどこのチームにも入ってないの?」
その声をかき消すくらいの歓声が上がる。
「2人とも、足、速すぎ!すげー!」「昼休み、鬼ごっこしよーぜ!」「オリンピック選手になれるんじゃね?」って盛り上がる男子。
女子のグループからも、「すごくない?」「イケメンで足も速いって、完璧すぎ!」なんて声が聞こえる。
ああ、もう。目立たないで、って言ったのに……。
2人が活躍するのは嬉しいような、困るような。……ほんと、フクザツ。
次のソフトボール投げは、わたしが一番嫌いな種目。
だって、全然まっすぐ飛ばないんだもん。
「次、新飼さん」
「はい……」
片手で持つには少し大きいボールを手に、白線で描かれた小さな円の中に入る。
目印の線から少し離れて、ボールを拾うために男子たちが待っている。
その中には、もちろん、ケンタとトラもいて。
いつも以上に緊張するけど、やるしかない。
ボールを持った腕をぐっと後ろに引いて、力いっぱい、……投げる!
「げっ」
わたしの手から離れたボールは、いつも以上に力が入ったせいか、クラスの女子が待っている方向へ。
やばいっ、当たっちゃう!!
そう思ったとき、誰かがすごいスピードで走ってきた。
と思ったら、そのまま空へ跳んだ――!
パシッ
ボールを空中キャッチしたのは、ケンタ!
でも……口でキャッチしてる!
ペットのときの癖が!!
青ざめるわたしに気づいたケンタは、すばやくボールを手に持ち替えて、着地。
一部始終を見ていたみんなは、しばらく呆然としていたけど……
「今、すっごく高く跳んだよね!」
「でも、最初顔に当たらなかった?」
「そう?まぶしくてよくわかんなかったけど」
……良かった。顔に口でキャッチは、多分気づかれてないっぽい。
トラが、あきれた顔で首を振るのが見えた。
ケンタは、キャッチしたボールをわたしに手渡しながら、
「すみません、でも、ボール、当たらなくてよかったです」
とささやく。
ケンタの、いつもと違う少しイタズラっぽい笑顔が、なんかズルい。
恥ずかさと安心で、へなへなと体じゅうから力が抜ける。
おかげで二投目は、今までで一番いい記録になった。
授業が終わって、教室へ帰ろうと帽子をはずした、その瞬間。
ビュッと吹いた強い風が、わたしの帽子をさらっていった。
「あー。あれは先生に言って取ってもらわないとかな」
木に引っかかった帽子を見て、友梨ちゃんが言う。
「そうだね。はぁ、ツイてないなぁ」
空を見上げて、つぶやいたそのとき。
隣で「仕方ないな」という声が聞こえた気がした。
トラが、無言で木に足をかけ、するすると登っていく。
その姿に、校庭に残っていたクラスメイトも集まってきた。
見上げた先にいるトラに、危ないならおりてきて!って言いたいのに……、唇が震えて声が出ない。
そうこうしているうちに、トラは枝に引っかかっていたわたしの帽子を手にした。
「あ、取れた!」
「すげー、猫みたいだな!」
「猫宮くん、気をつけて降りてねー!」
みんなから声援を受けながらするすると降りていたのに、バランスを崩したのか、トラの体が木から離れた。
「!」
どうしよう、トラが!!思わず一歩踏み出すと、
トラの体がゆっくりと一回転して
……すとん
宙返りからの着地。
それは、わたしだけが知っている、猫のときと全く同じ動き。
一瞬の静寂ののち、歓声が上がる。
トラは、わたしに無言で帽子を差し出した。
「あ……」
とっさのことに何も言えないわたしに、「まぬけ」と口パクすると、くるりと背を向けて行ってしまった。
みんなは知らない、トラの口ぐせ。
その口ぐせには、いつも優しさが隠されていて……。
わたしは、トラの背中を、帽子を握りしめて見送った。
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