第6話 はじめての教室、はじめての気持ち

「やっほー、つーちゃん、元気そうね~」

タブレットの画面に映るのは、笑顔で手を振るママの姿。

「うん、すっかり元気だよ。ママは?」

「いい感じよ~。みんなも元気かしら?」

その声に、隣に座っねいたケンタがカメラの前にひょこっと顔を出す。

「僕たちも、みんな元気です!今日のご飯は、ハンバーグでした。つかささんのごはん、おいしいです!」

「あら~よかったわね」

「今ね、セキ君が食器洗ってくれてるんだ。ユキちゃんとミドリ君は、そろそろお風呂上がると思うよ」

わたしは、ソファに座って洗濯物を畳むトラに手招きしながら「トラもこっちおいでよ」と小声で呼ぶ。

でも、トラは聞こえないフリをしているのか、手を止めようとはしない。


――トラが、「頼ってほしい」と言ったあのあと。

ユキちゃんの「ぼく、つーちゃんのごはんがいいな♡」の一言で、家事分担を見直すことになったの。

ミドリ君の提案で、わたしは料理と買い物。ケンタはその荷物持ち。セキ君は食器洗い。ミドリ君は掃除。ユキちゃんはごみ捨て。そしてトラは……そのまま洗濯、という分担に落ち着いたんだ。

これが案外いい感じで。

「これなら安心ね。2、3日に1回くらい、テレビ電話するからね~」と出発するママを、みんなで見送ったんだよね。


そして、いよいよ明日は連休最終日。

明後日からは学校だから、明日はみんなでゆっくり過ごしたいな。

でも、天気が良かったら、公園へお出かけもいいかな~。ピクニックも楽しそう。

「あ、そうだ。つーちゃんたちに、大切なお知らせでーす」

ママが何かを思い出したように言う。

「?」

「ゴホン。えー、ケンタちゃんと、トラちゃんと、セキちゃんは……明後日から小学校へ通いまーす」

「え??しょうがっこう……?」

わたしは、口を開けたまま固まった。

小学校って、あの、小学校?

ケンタと、トラと、セキ君が??

――いやいや、ついこの間まで3人ともペットだったんだよ?

ヒュニマロイドのこと、バレたら大変だよね?

「待って、学校とか、ムリムリムリ!」

あわてて立ち上がるわたしの隣で、話がよくわかっていないのか、きょとんとするケンタ。

「学校って、どういうことだよ?」

聞こえないフリを決め込んでいたはずのトラが、洗濯物を放り投げてくるし、

「なになに?オレも学校行ってええの?」

セキ君は、泡だらけのスポンジ片手にすっ飛んできた。

「ふふふ、嬉しいでしょ~。ママの知り合いの教育委員会の人に頼んでおいたのよ♪それに、このまま家にいるよりは、ほら、社会性?とか身についてラッキーよ」

ちょっと、ママ、まさか本気で言ってる?

だって、一緒に勉強って……

そもそも、手続きの書類とかなんかいろいろ……本当に大丈夫なの!?

言いたいことがありすぎて、もう何から話したらいいかわからないよっ。

「大丈夫よ~。そろそろ必要な荷物も届くはずだから、つーちゃんと小学校楽しんでね、じゃあまたね~」

「ちょ、ちょっと、ママ!」

勝手に通話終了された画面を目の前に、わたしは固まってしまった。

ちょっと待ってね……この連休が終わったら、学校へ、通うの???

この数日、いろんなことがありすぎたけど、それでも、家の中だから何とかなった。

でも、学校って……

どう考えても、大丈夫なわけない!

そこへ、

「はぁ~、あったかかった♪」

「こらこら、ちゃんと髪の毛を乾かさないとダメですよ」

お風呂上がりでほっぺたをぽかぽかさせたユキちゃんとミドリ君がリビングにやってきた。

「何やら騒がしかったですが……お嬢さん、お顔が真っ青ですよ?」

ミドリ君は眉をひそめる。ユキちゃんは、

「3人とも、なんか嬉しそう~!なんでなんで~?ぼくにナイショで、おやつ食べたの?」

なんて言いながら、セキ君にぴょこんと抱きついた。


今朝まで、ずーっと、「学校が宇宙人に占拠されますように」とか「学校が世界遺産に指定されて今までみたいに気軽に入れなくなりますように」なんて願っていたんだけど。

まあ、当然そんなことは起こらない。

「はぁ~……」

心配と諦めが混ざりあった、ふかいため息。

念のため早く家を出たから、いつもの通学路に、小学生はわたしたちだけ。

「つかささん、僕、いい子にしてるので、心配しないでくださいね!」

わたしの右側から声をかけてくれてのは、右手と右足を一緒に出してロボットみたいに歩いているケンタ。

「なんでオレだけ6年生なん?みんなと一緒じゃないの、いやや~」

左側には、口をとがらせながらだだっ子みたいになっているセキ君。

トラはというと、なぜか歩道じゃなくて塀の上をひょうひょうと歩いている。

まるでいつもの散歩道を歩いているような……。

「トラは緊張してないの?」

「まあ、な」

つんとすまして歩くトラ。

そこへ、ケンタがこそっと耳打ちしてきた。

「実はトラって、つかささんにナイショで学校行ってたんですよ」

「え?」

ナイショで学校??トラが?

トラもみんなも、わたしが学校の間は、家に居たんじゃないの?

それに家を出る時は鍵だってかけてたよ……?

わたしのいぶかしげな顔を見たケンタが、あわててフォローする。

「トラが窓の鍵を勝手に開けてくので、毎回僕が閉めてたんです」

なるほど、ね。ケンタありがとう~って、いやいやいや。

そういえば、たまに学校で誰かが「外に猫がいるー」って言ってたけど。

あれってもしかして、トラのことだったの??

「なんや。トラは一日中尾行しとったから、学校っちゅーもんを知ってるってことか」

「び、尾行じゃねーよ。こいつがまぬけなことしないか、見てただけだ!」

「そんなこと言って~。つーちゃんのこと心配なん、バレバレやで」

「はあ!?心配とかしてねーよ!」

ギャーギャー言い合う2人。

はああああ、こんなんで、大丈夫かなぁ。

それに……

黙っていてもかっこよくて目立つ3人だもん。

一緒に住んでることや、元はペットってことがバレたら大変だよ。

とりあえず、困った時以外は話しかけないでね、って言ったけど……。

道行く人の視線を感じながら、何度目かわからない、ふかぁぁぁいため息をついた。


チャイムがなって、先生が”転校生の2人”を連れて教室に入ってきた。

黒板の前に立つ2人の男子に、クラス中の視線が集まる。

もちろんわたしも、みんな以上に、2人を真剣に見つめる。

「犬丸ケンタです。みなさん仲良くしてください。よろしくお願いします!」

緊張した表情だけど、ハキハキ元気に自己紹介をするケンタ。

うんうん、練習通り、上手に言えたねっ!いい子いい子!

「……猫宮…?トラです。よろしく」

愛想なんて全くないけど、ちゃんとみんなに聞こえる声でトラも言えた。

慣れてないせいか、苗字にハテナがついちゃったけど、まあちゃんと言えたからOK!

トラも頑張ったね!えらい!

なーんて、わたしは、2人の自己紹介をお母さんキブンで見守ってたんだ。

でもどうやら、周りの、特に女子達は違ったみたいで……。


1時間目が終わって、5分間の休み時間。

そんなわずかな時間なのに、教室の中には、2つの人だかりができていた。

それぞれの中心は、ケンタとトラ。

その人だかりから、少し離れて2人を見守るわたし。

「ねえねえ、犬丸君って、どこから引越してきたの?」

「えっと、引越してきたっていうか……」

「じゃあ、得意なことは?」

「そうですね……お手、とか」

「?王手?じゃあ、将棋とかできるんだー、すごーい」

「しょうぎ……?」

ケンタはみんなの質問に律儀に答えすぎて、ボロが出ないか心配だし……

「猫宮君って、スポーツ得意そうだよね」

「まあ」

「好きな給食は?」

「魚」

「算数と国語、どっちが好き?」

「わかんね」

トラの方は、無愛想過ぎてみんなに引かれないか心配だよー。

数人の子たちが、遠巻きに2人を見ながら、

「確かにかっこいいんだけど……2人ともちょっと変わってるよね」

なんてヒソヒソ話しているのも聞こえちゃったし……。

そうやって、同じ教室にいる2人を見ていると、ハラハラする気持ちもあるんだけど、ちょっと違う気持ちがあるのにも気づく。

さっきの自己紹介のときは、「いい子いい子」って思ってたのに。

みんなの中にいるケンタとトラは、なんだか、知らない男の子って感じ。

うれしい……とはちょっとちがう。

かと言って、悲しいってほどでもない。

でも。

今まで、わたしだけが知っていたあの笑顔が、みんなも知るって思ったら――なんだか、胸の奥がちくっとする。

「うんうん、わかるわかる~」

という声とともに現れたのは、親友の友梨ちゃん。

「どっちにも行けないつかさの気持ち、わかるよ~。2人ともカッコよくて選べないよね~」

とうっとりしている。

ええっと……

そういうんじゃないんだけど、と言うより先に、友梨ちゃんが秘密っぽく

「でさ、つかさは、どっちが好みなの?」

「へ?」

思いがけないキーワードに、しばらく頭が追いつかない。

そんな風に考えたことなかったんだもん。

そりゃあ、確かに、2人ともすっごくカッコイイんだけどね。

でも、あの2人の正体は……

目を上げた先には、クラスメイトの人だかりの中心で、楽しそうに笑うケンタと、頬杖をつくトラ。

今までずっとわたしのそばにいたのに……

名前のわからない、この気持ちは、なんだろう。

胸の奥に、生まれたばかりの小さな波が、波紋のように広がった。

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