第3話 予感の答え合わせ
「あら~、なになに?さっそくケンカ?」
色とりどりの買い物袋を両手いっぱい下げて帰ってきたママが、わたしの部屋を見渡して目を丸くする。
視線の先には、わたし。
それから、部屋のすみであぐらをかいてそっぽを向く、不審者、じゃなかった男の子。
さっきはよく分からなかったけど、すごく整った、キレイな顔をしている。
でも……
茶色かかった髪の間からのぞく大きくて鋭い目は、とーってもフキゲンそう。
そして、わたしをはさむように座る、4人の男の子。
「えっと、その、ママの知り合いって知らなくて、つい……」
「……」
同い年位のその茶髪の子は、さっきから、ぶすっとしたまま全然しゃべらない。
「あの、ランドセル投げて、ごめんなさい」
「……」
無視!?
そもそも、わたしのベッドで寝てるそっちが悪いよね!?
それに、ランドセル、当たってないし!
しかも、謝ったのに、ますますスネて見えるなんて……。
「も~。つーちゃんもトラちゃんも、仲良くしてよね」
はあ、とあきれたようにママが言う。
へぇ。この男の子、トラって名前なんだ。うちの猫と同じ。
そういえば、茶色の髪の毛も、トラとそっくり……。
「あ」
わたしは、大事なことを聞き忘れたことに気づく。
「ねえママ。トラたち、まだ帰ってこないの?」
わたしがそう聞いたとたん。
みんなが一斉にわたしを見た。
……
……
「????」
部屋に流れる、変な空気。
「マジかー」
大げさに頭を抱えたのは、金髪モデル男子。
「つーちゃんて、ちょっとにぶーい」
イタズラっぽく笑う銀髪ふわふわボーイを、
「こら、お嬢さんを悪く言ってはいけませんよ」
とメガネお兄さんが注意してくれた。
「前から思ってたけど、つかさって、まぬけだよな」
茶髪美形男子の第一声がまさかの悪口だったことに少しイラッとしてると、
「つかささん、僕のこと、本当に、わからないですか……?」
悲しそうに言うのは、玄関で最初に声をかけてくれた黒髪イケメン男子。
ぴんと背筋を伸ばしたキレイな正座で、わたしに向き直る。
真っ直ぐに、でも優しくわたしを見つめる黒い瞳。
心あたりがないわけじゃない。
さっきから、一つの名前が、頭にずうっと浮かんでた。
でも、まさか……、って気持ちもまだあって、なかなか口に出せない。
口ごもるわたしに、黒髪男子は
「すみません。問い詰めてるみたいですよね」
と優しく言う。
少しさびしそうなその瞳に、また胸が苦しくなる。
そんな顔しないで、いつもみたいに隣で笑っててよ。
わたしの口から、自然と、でもつぶやくような小さな声がもれた。
「……ケンタ」
そのとたん。
黒髪男子の表情が、みるみる明るくなった。
「つかささんなら、わかってくれるって信じてました!」
さっきのしょんぼり顔とはうってかわって、弾けるようなまぶしい笑顔。
毎日毎日、帰ってきたわたしに見せてくれていた、うれしそうな顔とリンクする。
「ほんとに……ほんとにケンタなの!?」
自分でも、まだちょっと信じられない。
どう見ても、ただの、人間の男の子、だよ!?
犬じゃない。
しっぽも耳もない、どこからどう見ても、わたしと同じ、人間。
ケンタが、人間になって、目の前で話してる―――
うれしさで震える手をおさえながらママの方を向くと、
「ふふふ~。つーちゃんの笑顔のために毎日遅くまで頑張った甲斐があったわ~」
なんて自慢げだ。
ということは、もしかして。
いや、もしかしてというよりは、やっぱり……
わたしは周りに座る他の男の子たちをゆっくり見る。
金髪モデル男子は、カラフルな体色と金色の冠羽のインコの、
「セキ君?」
「そや。人間は、サインコー♪」
銀髪ふわふわボーイは、ふわふわの白い体で甘えん坊のウサギの、
「ユキちゃん?」
「わーい、当ったりー」
メガネのお兄さんは、ずっと前から家で飼ってるミドリガメの
「ミドリ君?」
「お気づきになりましたね」
茶髪美形男子は、茶色いトラ模様の猫、
「……トラ?」
「気づくの遅すぎんだろ」
ひぇぇぇぇぇぇ。
「では、つーちゃんに改めて紹介するわね。こちら、ママのお薬で変身した、ヒュニマロイドのみなさんでーす、パチパチパチー」
「え、ママの薬?ヒュニマ……??」
ママが動物関係の研究をしていたっていうのは知ってる。
でも、ヒュニ……何とかっていう、なんかすごい響きの言葉に首をかしげていると、
「つかささん、ヒュニマロイド、です」
右隣に座るケンタがそっと教えてくれる。
「人間ぽい生物って意味のヒューマロイドと、我々動物をさすアニマルという言葉を組み合わせたものです。育美さんが考えた言葉ですから、聞きなれないのも仕方ありません」
ママの隣に座ったミドリ君が言う。
ってことは、ほんとに、みんな、人間になっちゃった……ってこと?
半信半疑で周りを見渡すけど、たしかに、わたしの周りにいるのは、5人の男の子で……。
「なんかアイドルのグループ名みたいだよねぇ♪」
嬉しそうに言うのは、ミドリくんの膝の上に座るユキちゃん。
「よっしゃ、ほんなら誰がセンターか、ジャンケンで決めよか」
ママの反対隣で腕まくりをするセキ君に、
「そんなのどうだっていいだろ」
わたしの左隣に座るトラが冷たく言う。
「じゃあトラは不戦敗ってことで、4人でジャンケンしよか」
「は?不戦敗なんて言ってないだろ」
「ねぇねぇ、ボク、ジャンケンより、かわいい順がいいと思うんだけど」
「それもいいですが、ここは一つ、長生き順はいかがですか」
「え~、それだとボクが最後だよぉ」
「こういうのは、つかささんに決めてもらったらどうですか?」
ケンタの提案に、みんなの視線がわたしに集まる。
え、なに?この場合、どうするのが正解!?
みんなそれぞれすっごくステキだから、一人なんて決められないよー!!
オロオロしているところへ、ママがパンパンっと手を叩く。
「はーい、みんな、つーちゃんで遊ばなーい。それに、ママの話が終わってないわよー」
「「「「「はーい」」」」」
うっ、
遊ばれてたのか。
「みんな、ヒュニマロイドになった自分たちの役目、忘れてないわよね」
「もちろん」
コクリと素直にうなずく5人。
「よし。じゃあ、よろしく頼むわよ。ママはこれから準備しなきゃだから」
「え、ママ、ちょっと待ってよ」
話が全然見えない。
「みんなの役目って??ママは何の準備するの??」
「あれ、言ってなかった?」
「なんにも聞いてないっ」
もしみんながヒュニマロイドとやらになった理由が、人体実験のためだったりしたら……ううん、そんなことさせちゃダメ、わたしが止めないと!
不安そうなわたしに気づいたケンタが、優しい声で言った。
「僕達がこの姿になったのは、つかささんを守るため、です」
「わたしを、守る??」
「育美さんが明後日から1ヶ月の出張ですからね。さすがに長期間お嬢さんが1人では不安だと」
「俺らがボディーガードになったるから、安心しーや」
「ボク、こう見えて結構強いんだからねっ」
「こいつにはそんなの要らなそうだけどな。ま、仕方ねーな」
えーっとえーっと
ちょっと一旦整理させてね。
大事な情報だけをもう一度思い出す。
「……明日からママが1ヶ月の出張」
うんうん、とうなずくママ。
「その間にわたし一人は、ママが心配」
「いくらつーちゃんがしっかり者だからって、最近物騒だし~」
「……だから、この5人と暮らすってこと??」
「知らない人に頼むより、気心知れた仲のみんなの方が安心でしょ♪」
たしかに、気心知れた仲、ではあるけど。
それはペットだからであって……
そっと周りを見ると、みんな、やる気十分!って感じで、目がキラキラしている。
こ、断りづらい……!!!
もしも、朝のわたしに会えるなら、教えてあげたい。
「そのヤバい予感、想像の100倍だよ!!!」って。
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