第2話 待っていたのは

キーンコーンカーンコーン

待ち望んだ放課後のチャイムと同時に、わたしは家へと走った。

ソワソワする気持ちをおさえながら、玄関のドアノブにそっと手をかける。

カチャ

少しだけ扉が開く。

鍵が開いてるってことは、ママたちが帰ってきたんだ。

よし。

ケンタが、どんな変な姿になっていても、おどろかない!

そう覚悟を決めたら、大きく息を吸って一気にドアを引いた。


「ただいまっ!」

「おかえりなさい、つかささん」

「へっ?」

思わずまぬけな声が出ちゃった。

だって、予想していた、妙な服でお座りするケンタのお出迎え、じゃなかったの。

座っていたのは、知らない、男の子。

さらりとした黒髪に、わたしよりも少し高そうな背。

わたしの心臓が大きくドキンと鳴ったのは、男の子の笑顔が、人懐っこいのにかっこいいから、だけじゃない。

とっさに、ケンタに似てる!って思ったから。

「きょうは少し早かったですね」

キラキラした瞳からは、抑えきれない喜びすら感じる。

思わず「ケンタ」って呼びたくなるのを、わたしはぐっとこらえた。

ケンタは、犬。

そして、目の前にいるのは、人間の、まぶしいくらいにかっこいい男の子!

でも、とてもじゃないけど、「どちら様ですか?」なんて、聞けないフンイキ。

一生懸命考えようとしてるのに、そのまっすぐな目で見つめられると、心臓のドキドキがうるさくなる。

「え、えっと……」

何て返したらいいのか、うまく言葉が出てこない。

男の子の輝いていた瞳が、ほんの一瞬、悲しげにくもる。

ドキドキしていたはずのわたしの胸も、なぜか、ぎゅっと苦しくなった。

でも、すぐに、

「つかささんが帰ってきてくれて、ぼく、うれしいです」

と笑顔に戻る男の子。

「は、はは」

わたしはあいまいに笑ってから、ママがいるはずのリビングへと体を向けた。

ママったら、知り合いの子が来るなら、ちゃんと言ってよね。

後ろから感じる男の子の視線に、やっぱり不思議と、胸が苦しい。


リビングの扉の向こうからは、何やらにぎやかな笑い声。

他にも何人か、お客さんがいるみたい。

「ただいま~……」

リビングのソファでは、金髪の男の子と、もっと小さい銀髪の男の子がテレビを見ていた。

この2人も、ママの知り合い、かな。

「お、つーちゃん、帰ってきたんか」

金髪の方の、目鼻立ちがはっきりしたモデルみたいな男の子が、笑顔で手をパタパタ振る。

「お笑いはサインコーやけど、この、サスペンスっちゅーのもええな」

今、”サインコー”って言った??

それって、セキ君がオリジナルギャグって言ってたけど……

あ、”サインコー”って言葉、流行ってるのかな。

うん、きっとそうだよね!!

隣の銀髪の大きな目のかわいい男の子は、ふわふわの頭をかしげて、

「ねえ、テレビで刑事さんが追いかけてる犯人、この辺にいるかも。こわいから、つーちゃん、ぼくの隣座って~」

と自分の隣のわずかなスペースをポンポン叩く。

「あかん、そこせまいやん。つーちゃんはこっち座り。こっちの方が、サインコーやで!」

金髪モデル風男子がポンポン叩いたのは、自分の膝の上。

外見はカッコイイけど、中身は完全に関西のオジサンお笑い芸人だよね!?

思わず二、三歩後ずさるわたしにかわって、

「おひざの上??わーい」

ぴょーーーんと飛び乗ったのは、銀髪ふわふわボーイ。

って、なんか今、すごく跳んだよね!?天井ギリギリだったよ!

この、信じられないジャンプ力。まるで……

いやいやいや、きっとこの子、天才スポーツ少年なんだよね?

「よーきたなー、って、なんでやねん!!!」

「おひざの上、だーいすきだもん。なでなでして~」

「なでなで~ってこらー。つついたろか~!!」

このイケメンたち……

いや、そんなことあるはずないっ!

さらに数歩後ずさると、とん、と誰かにぶつかった。

「ママ?」

助かった!と思って振り向く。

そこにいたのは、メガネをかけてすらりとした、頭のよさそうなお兄さん。

「こら2人とも、ケンカはダメですよ。お嬢さんがおどろいています」

「お、おじょうさん??」

そんな風に呼ばれたの、初めてで、なんだかくすぐったい。

「おや?本では、人間の女性は年齢に関わらず”お嬢さん”とお呼びするとあったのですが……」

のんび~り首をかしげるお兄さん。

「ああ、失礼しました、”お嬢様”の間違いでしたね」

ええと、この場合、どこから突っ込んでいいのかな。

「まあ、いいでしょう。まずは、小学生の甲羅……ではなく、”ランドセル”を置いてきましょうね。もうすぐ育美さんが帰ってきますよ」

「は、はい」

ランドセルのことを甲羅って言うからびっくりしたけど、「育美さん」ってママの名前を聞いて安心した。

よかった、みんなママの知り合い、なんだよね。

でもさ……

……

頭に浮かんだ考えを片隅に押しやって、お兄さんの言う通りに自分の部屋に向かう。

それに、ペットたちの元気な顔を見るまでは、まだまだ油断はできない。


よし。

気合いを入れ直してわたしは部屋の扉を開ける。

「!?!?」

わたしのベッドの上に、誰かいる――!

見覚えのない、男の子。

茶色い髪に、キレイに丸まった背中は、まるで猫。

どうしよう……。

ぴくりとも動かない相手を前に、わたしはつばを飲み込む。

ううん、わたしがどうにかしなきゃ!

「いやー!!!」

わたしは、ありったけの大声を出してから、震える手でランドセルを力いっぱい投げつけた。

不審者男子目がけてまっすぐに飛ぶランドセル。

当たる!

そう思った。

でも、寝ていたと思った不審者男子は、しなやかな動きでそれをひらりとかわす。

それから、ものすごいスピードで逃げて……

え、なんで、わたしの机の下に逃げるの!?

机の下から、緑色のふたつの目が、うかがうように輝く。

怒ってるようなおどろいているような、叱られた猫みたいな目。

だからわたしは、それ以上何もできなくなって、逃げるようにその場を離れた。

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