第1章
第1話 その殺し屋、転生する
ふかふかだ。びっくりするぐらい、ふっかふかだ。
今まで生きてきた中でこんなふっかふかお布団、味わったことがあっただろうか。
(……あれ私、こんないいホテル取ってたっけ?)
いつぞやの、どっかの国のどっかのマフィアの親分が用意してくれた、高級ホテルのベッド以上の代物だ。
そのあまりの心地よさに、顔を埋めると、太陽のいい香りがして、穏やかな気持ちになる。
……これは夢? いや、それにしては妙にリアルすぎる感触。
まだこのふかふかに包まれていたいけれど、状況把握も必要だ。そう思い、薄目だけ開けて辺りを見渡してみる。
まず視界に飛び込んできたのは、水晶で出来たシャンデリア。
そして
(うん、これは間違いなく夢だ)
そう思い、二度寝を決め込むことにした。
いやいやいや。
雨風凌げて、眠れるスペースさえあれば、床でも橋の下でもどこでも寝れるこの私が、こんな高級ホテルを取るわけがない。夢に決まってる。
でも毎晩のように、人を撃ったり刺したり、返り血を浴びたり、断末魔の叫び声を聞いたり――そんな仕事の夢ばかり見る私が、こんな幸せで暖かい夢を見るだなんて珍しい。
あの血生臭い現実に戻りたくはないし、時間が許す限りこのまま夢の世界を堪能しよう。
確か今日の仕事は夜の八時からで、ターゲットと落ち合う場所は…なんてことを考えながら、この幸せふかふかを堪能していると、ふと違和感を覚える。
もぞもぞと身体を動かすと、いつも感じるアレが――痛みが、ない。
「えっ!?!?」
声を上げ、慌てて飛び起きるなり両腕をまくる。
そこには数日前の仕事で出来た切り傷も、ぐるぐるに巻かれた包帯もなかった。
しかも、腕だけじゃなく脚も、肩も、お腹もどこもかしこもまっさらなままだ。
(ちょ、ちょっと、待って!?)
動揺しながら立ち上がり、改めて全身を確かめる。
寝起き特有のだるさもなければ、ショットガンを使用した際にできる肩の痣もない。
指の銃ダコだってゼロだし、他の場所の擦り傷や切り傷も……何より肋骨が折れていない。
(……なにこれ……健康体?)
数年ぶりに味わう「体が元気」って感覚に感動してしまい、目頭が熱くなる。
だって、今まで寝ても覚めても、夢の中でもどっかしら痛かったのだから。しかも、痛みがないどころか――。
「……あれ?」
(私の体ってこんなに小さかったっけ…?)
目の前にある、もみじみたいな手指を見てハッとする。
大きさだけじゃない。なんだか全体的にふにふにしてつややかで、まるで子どもの身体のように感じる。
肌の色だって、病的と言って良いほどに白い。黄色人種である筈の私の肌が、こんな真っ白な訳がないのに。
己の身体に強烈な違和感を覚えた私は、鏡台を見つけるなり駆け寄った。
そして、そこに映った姿を見るなり絶句する。
鏡の中には、濃紺のロングウェーブヘアーをふわりと揺らす、十一歳ぐらいの女の子が立っていた。
青い宝石…ブルーサファイアのような瞳は、こぼれ落ちそうな程大きく、長く豊かなまつ毛に縁取られている。
雪のような肌は陶器の人形みたいに滑らかで、薄紅色の丸い頬がなんとも愛らしい。
心臓が一瞬、大きく跳ねた。本当に自分なのか信じられない。
「ッッッッ!!!!」
叫びが喉元まで込み上げた瞬間、私は反射的に両手で口を押さえた。
――駄目だ。こんな見知らぬ場所で、大声なんて上げたら。
鏡に映る美少女と視線を合わせたまま、混乱と動揺が止まらない脳内で、必死に情報を整理することにする。
まず、顔。ありえないレベルで可愛い。
ちょっと幸が薄そうな気はするけど、肌も髪も瞳もつやつやのきゅるきゅる。
それに、仕事を始めた頃からの付き合いだった、身体中の傷や痣も何もない。
そしてこの部屋。人形のような姿を映す鏡台はとても大きく、縁には複雑な彫刻が施されている。
広い室内、豪華なベッドに、水晶のシャンデリア。猫足のキャビネットと、毛足が長く複雑な模様の絨毯。
カーテンは分厚く重みのあるベルベット地、そして窓から見えるのは、果てしなく広大な洋風庭園。
「……これは、つまり……?」
ぼんやりと脳裏に走った言葉に、私はそっと息を呑んだ。
──異世界転生というやつなのではないか…?
(つまり、私は死んだ…?)
その瞬間、ドクリと胸が高鳴り、同時に前世の記憶がフラッシュバックの様に押し寄せる。
火薬の匂い。銃声。ナイフで脈を断つ感触。
飛び散る血飛沫。血の匂い。痛み。叫び声。呻き声。そして――暗闇。
今まで朧げだった記憶が完全に蘇る。
そうだ。私は生前、〝魔女〟と呼ばれていた殺し屋。
そんな私が今や――虫すら殺したことがないような、可愛らしいお人形みたいな女の子。
そうだとわかった瞬間、胸の奥で何かが大きく弾けた。途端に私はグッと力強く拳を握り、
「やっっっっっっっっっ………たーーーーーー!!!!」
と抑えていた感情の決壊と共に、意図しない大絶叫が口から溢れだした。
そして、握りしめていた拳を天に向かって突き上げる。
そう。私は殺し屋だった。
実はそこそこ有名で、その筋で知らぬものは居ないと言われていた程の実力者。
享年は多分……二十六歳。
最後の記憶は、仕事を終え、迎えの車を待っていた時だ。
気を緩めたその瞬間、銃声が鳴り、背中に鈍い衝撃が走った。……多分、あれで終わったんだと思う。
『気を抜くなよ』と言われていたのにも関わらず。〝とあるビッグニュース〟に気を取られて、そのまま死ぬだなんて、情けないにも程がある。
(何のニュースだったのかは、今となっては思い出せないけれど……まあ、いいか)
案外あっさりとした自身の最期に、虚しさがないかと言ったら嘘にはなる。
けれど、殺し屋業なんていつ死ぬかわからない仕事だったし――
むしろ、そんな業と怨まみれで生きていた女が〝顔が可愛い、良いところのお嬢さん(仮定)〟という、超高待遇で転生できた奇跡に驚く。
あの過酷で、血生臭く、殺伐とした日常から解放されたと言う事実に、涙が出そうだ。
生まれてこのかた一度も信じたことがない神様に、思わず感謝の弁を述べたくなる。
そして、同時にとある〝重大な可能性〟に気が付いた。
「……えっ、もしかして普通の女の子として生きられるのでは?」
そう思った瞬間、期待と興奮で胸がきゅんと甘酸っぱい音を立てた。
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