02.「窓から人が行き交うのが見えるよ。」

 母親の声に見送られて、涼しい色をした景色に紛れ込む。綺麗に並んだマンションのドアも、地上へと続く階段も、見慣れてはいるけれどよそよそしく目にも冷たい。

 十月にもなると朝は少し冷えるが、体育祭のピークには暑さを感じているだろう。このくらいの気温のままならいいのにと思う。


 信号待ちの途中、内ポケットの中で携帯が振動して美都はディスプレイを見た。メール。

 横にいたスーツ姿の男性が前へ進んだのが視界の端に写り、信号が変わったのだと知った。携帯は手に持ったまま横断歩道を渡り、反対側の歩道まで来ると近くの電信柱に寄った。


『窓から人が行き交うのが見えるよ。

 それぞれ何か考えながら歩いていると思うと、不思議な気持ちになる。』


 美都はふと顔を上げて、高めのビルの窓を見た。


 中田と知り合うきっかけとなったのは、彼からの間違いメールだ。

 取引絡みの重要そうなメールだったから、それが自演であるのを疑いながらも美都は宛先違いを知らせた。

 始めから詐欺ではないかと警戒していたから、数日後になって彼が礼をしたいと申し出たときは当然断りの返事を入れたのだけれど。そういう何度かのメールのやりとりは中田にとって特別なものに感じられたらしかった。


『僕には、所謂雑談と呼ばれるタイプの話が出来る相手がいないので、君とのメールは少し楽しく感じました。

 別に雑談のつもりでメールしていたわけではないのだけれど、応答が今までにない感覚で、新鮮で、そんな気分になっていました。』


 彼はそんなようなことを言った。


(懐かしい、な…)


 これからも、雑談相手としてメールをするのはどうかと提案したのは美都だ。

 そのときの美都は、今思えば少々投げやりなところがあった。

 別に中田をまるっきり信じた訳でもないし、むしろまだ騙しの一環じゃないかと疑っているくらいだったが、結構軽い気持ちで言い出したことだ。


 それなりに人に合わせて行動する性格なので、リラックスして話せる場所は美都にもなかった。

 疑っている相手だからこそ気を遣わずに反応出来るという点では、ある意味「リラックスして話せる場所」だったのだろう。と、ときどき考えたりする。


 ――それも今日で終わりだけれど。



 携帯を閉じるとサブディスプレイに日時が表示される。十月二十二日。明日は、十月二十三日。


(明日、間違いメールが来る)


 ふと思い付いた想像を心の中で呟きながら、もう一度開いた受信ボックスの、一番下にあるメールを選択する。


(中田さんから、このメールが来る。)


 美都はそれを削除して、携帯をポケットに戻した。

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