第74話 人の形をした化け物

 大人も子供も我を忘れて、轟音響かすアトラクションで身を痛めつける遊園地。




 錆びた空の下、死人とデカい骸骨が跋扈する遊園地。




 意外と違いが無い気がする。むしろ、死人は死人らしく静かだし、うるさかったアトラクションは錆びて動かなくなっていたりと、こっちの方が僕には居心地が良い。




「良い物見れたし、帰るか」




『どうやって?』




「どうやってって。普通に来た道戻ればいいだろ。出口からじゃなく、入り口から出て行くんだよ……あれ?」




 来た道を戻ろうとしたが、そこには分厚い石の壁があるだけで、通ってきた道が無くなっていた。




「道が消えてる。不思議なもんだな」




『そりゃあ、ここは市らの世界じゃしな。よいしょっと』




 人形が僕の腕をよじ登って肩に座った。顔だけじゃなく、その四肢も人間と同じようになっているのか。




「それで、どうすれば帰れる? ここに来れたんだから、元の場所に帰れるでしょ。入り口と出口はオスとメスみたいなもので、どちらかが欠けたら存在意義を無くすんだからさ」




『お主、落ち着きすぎではないか? もっと慌てふためいて無様に―――イデテテ!?』




「痛覚はあるようね。安心した。これで帰り道を聞けるね、ハルト」




『イダイイダイイダイ!!! あ、頭がッ、潰れ、ギィァァァァ!!!』




「姉さんやめたげて。やるなら肩から降ろしてから痛めつけてよ」




「それもそうね」




『ヒィッ!? な、何をするつもりだ!? 市の体に触るでないわ!! や、やめ―――』




 僕の肩から降ろされた人形が、姉さんによってバコバキされていく。いかんせん、さっきまで人間のような動きをしていたものだから、分解されゆく様は見るに堪えない。




 それにしても、この世界は不思議な世界だ。幽霊の世界にしては濃すぎるし、妖怪の世界にしては地味すぎる。言わば中間の位置にある世界だ。




 亡者をよく見たら、寒そうにしがみついてるマントは人の皮膚のようだ。自分の皮膚なのか、あるいは互いに皮膚を剥ぎ取り合い、ごちゃまぜにかき集めた物を羽織っているのか。一番目立つ骸骨にいたっては、四足歩行の姿勢のままで、特に動きは無い。たまに息をするかのように背中を動かす程度。やはり地味だ。




「ん? あ、そうだ。その人形に帰り道を―――って、もう遅いか……」




 既に人形はプラモデルの欠片のように分解され尽くされていた。姉さんも分解が楽しかったのか、今になって遅れて気付いたようだ。




「ごめん。楽しくてやめられなかった」




「姉さんが楽しかったなら良いよ。まぁ、あの態度じゃ素直に教えてくれそうになかったし。自分達で戻る方法を模索するしかないようだね」




「一つ考えがあるんだけど。私達って、お化け屋敷を進んでここに来たよね。ここは元の世界より少し錆びてるけど、遊園地の原型は保ったままだから」




「ここにあるお化け屋敷から戻るって事?」




「そう。お化け屋敷があった場所が同じなら、道は憶えてるわ。行きましょう」




 そう言うと、姉さんは僕の右手を握った。右手から感じる姉さんの手の温かさは、やっぱり安心感があった。




 亡者がうろつく道を進んでいくと、その内の一人が僕達に襲い掛かってきた。狙いは僕達が着ている服か、僕達の皮膚だったのだろうか。




 しかし、相手が悪かった。こっちには最強の姉さんがいるんだ。痩せ細り、皮膚の下の肉を露わにした亡者が敵うはずも無く、一蹴されてしまった。瞬きの間に終わった一瞬の決着。周囲にいた亡者もビビったのか、蜘蛛の子散らすように建物や物陰に隠れてしまった。




「姉さん。守られておいてなんだけど、女は庇護欲を掻き立てられる人がモテるって聞いた事があるんだけどさ」




「そうさせたいなら、私よりも強くなってから言いなさい」




「じゃあもう言わない」




「それでいいの。アンタは私にずっと守られてればいいの」




「ん?」




「なに? どうかした?」




「いや、なんでも……」




 なんか、凄く懐かしい気分になってた。慣れ親しんだ人や物に安心したような、欠けていたパズルのピースがはまったかのような。ただ、何に対して懐かしさを覚えたのかが分からない。




 お化け屋敷に着くと、他のアトラクションや建物同様、ボロ屋敷に様変わりしていた。




「多分、ここだよね? でも、扉が鎖で頑丈に縛られてて開けられそうに―――」




 ガジャン!!!




 鉄が弾けた音を初めて聞いた。いくら錆びていたからとはいえ、引っ張って引き千切るのは流石に人間離れが過ぎる。姉さんは本当に人間なのだろうか。




 中に入ると、意外にも、というか元からボロ屋敷風な内装だった為、元の世界と同じ印象だった。




「ここを進んで、あの行き止まりまで行けば戻れる……かも?」




「頭に浮かんだ事は実践していくのよ。これが駄目なら次の案。それも駄目なら次の案」




「思いつく全部が駄目なら?」




「そしたら諦めてここで暮らしましょう。当分の食料は確保されてるようなものだし」




「僕食べないからね」




「食べなきゃ死ぬのよ」




「じゃあ飢え死にしそうになった時にもう一回問いかけてみて。僕の予想では、ギリギリ倫理観が勝つと思ってるよ」




「まぁ、私だってあんな不味そうな肉焼いたって食べたくないし。なら、何が何でも帰らないとね」




 そうして、僕達は歩き始めた……矢先。




『小僧』




 何処からか、あの人形の声が聞こえた。反射的に後ろの方に振り返ったが、そこには誰もいない。そして入り口も無い。正確に言えば、入り口があったであろう跡が残った壁があった。




 再び壁に封じられた出入り口に、僕は頭をかいた。




「……あれ? 姉さん?」




 後ろに振り返った時、姉さんの手を離してしまったようだ。当然姉さんの姿は何処にも無く、僕は孤立してしまった。




「あー……やらかしたな……」




『ホホホ。あの野蛮な女が消えて一安心じゃ。小僧よ。市と二人きりになれたの』




 また声が聞こえた。さっきよりも長く喋ってくれたおかげで、正確な位置を把握する事が出来た。声が聞こえたのは下側。そして僕のすぐ傍。




 僕の左手の手の平が目の前に出てきた。動けないはずの左腕が、動いている。決して僕が動かしているのではない。 




 僕の左腕を動かしているのは、左手の手の平から顔を浮き出した市だ。

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