第56話 授業中の雑談
小学生に戻ってから早一週間。元々味の無い小学生時代だった事もあり、特に何かマズい事が起きる事も無かった。
「おい、チビ! お前どうせ今日の体育も一人だろ? 俺と組めよ!」
一つ変化が起きたとすれば、木村君が僕によく絡むようになった。絡むといっても、友人同士で話したり遊んだりするものではなく、僕が一人でいる所にズカズカと入り込んでくる。
多分、僕は元々ここまで木村君と接点があったわけではない。イジメられた憶えは微かにあるが、なにしろ多数の人間に嫌われてきた所為で、どんな姿形にイジメられたのかを憶えていない。例えるなら、犯人を知らずに何度も強盗に遭ってきたようなものだ。
「ねぇ、木村君。僕とじゃなくて他の人と組んだ方が楽しいんじゃない?」
「あ? 俺が迷惑だって言いたいのか?」
「迷惑って程ではないけどさ。というか小学校の体育でパターゴルフって。ここの学校渋いね」
「ゲートボールだろ?」
「ゴルフボールを打つこの棒の先がゴルフの奴じゃん。ゲートボールはもっと鈍器に特化してるよ。そもそもゲートボールは潜らせて遊ぶもので、あんな風にボールを落とすパターゴルフ専用の穴なんか用意しないって」
「なるほどな。お前意外と物知りだな」
「科学だの何だのに役立つなら誇れるんだけどね~」
木村君にパターゴルフの簡単な説明をしてから、僕達は緩くパターゴルフを楽しんだ。とは言っても、木村君は見た目通りのパワー型なので、パターゴルフのはずなのにゴルフボールが宙を舞っていく。フォームは様になってるので、上手くいけばゴルフ選手になり得るかもしれない。ただ、今回はあくまでもパターゴルフなので、彼の才能開花は無駄なのだ。
そうしてニ十分程経った頃。予め渡されていた得点表に記し上げられた僕と木村君のスコア差は、異常なものだった。
「へっ! 俺の方がスコアは上のようだなチビ!」
「木村君。この場合、数字がデカい方が負けてるんだよ」
「え? そ、そうなのか!?」
「一回のゲームで君は何十回打ち直してると思ってるんだ? 周りが複数回やってる中、僕らはまだ二回しか試合出来ていない」
「俺一人で四人―――いや、五人分って訳だな!」
「そのポジティブ思考は見習いたいね。そんな事よりも木村君。向こうの班を見たまえよ」
僕が指差した方向に、木村君は素直に視線を向けた。
「なんだありゃ。向井を囲って女子共が騒いでんな」
「身長百七十、容姿抜群、爽やかさ百点満点。あれでまだ小学生なのは世界のバグだとは思わないかい?」
「ケッ! いつも女子に囲まれて良い気になってるだけさ! 男のくせに女々しい奴だよ!」
「女々しいの意味違うよ。次に、あそこの班を見たまえよ」
指していた指を動かすと、それに追うように木村君の顔が動いていく。それが面白くて、つい余分な動きをして木村君で遊んでしまった。
「見た通りの男友達の集団だ。パターゴルフの事なんてすっかり忘れて、何か共通の話題で盛り上がっているね」
「おい! デカいミミズいるぞ!」
「バッチィから触らないでね。まぁ、要するに、周りの班はどれも複数人で構成されている。担任がくじ引き感覚で決めた班分けじゃなく、彼ら彼女らの意思で集ったものだ。呼び寄せて、向かう。引き寄せられて、受け入れる。まぁ、集まった理由はどうだっていい。問題は、そんな状況下の中、僕と君は誰の班にも入らなかった事だ。どうしてだと思う?」
「お前の言ってる事、長過ぎて意味分かんねぇよ」
「単刀直入に言うと、僕達は嫌われてるらしい」
「そんな事ねぇよ! チビのお前はともかく! 俺は力が強いからな! 弱い奴は強い奴に従うのさ!」
「じゃあ、なんで誰も君を誘わなかったんだろうね?」
木村君は反射的に何か言い返そうとして、言葉が見つからず、結局黙ってしまった。そして再度周りの班を見渡した後、自分のズボンを強く握りしめた。
「人の交友関係は蜘蛛の糸だ。関係性が濃ければ濃い程、その糸は強固で切れない。そして人数が多ければ、糸と糸が繋ぎ合い、やがて蜘蛛の巣となる。容姿や性格の良い人間は、どちらかに秀でて、あるいは両方を兼ね備えている。今の僕らは糸を垂れ流してるだけだ。視界にも入れたくない気味の悪い蜘蛛なんだよ」
「……俺、蜘蛛は嫌いだ」
「でも、どんな蜘蛛の巣でも、雨や風でたちまちバランスを崩し、やがて残骸に果てる。人間関係は些細な事で簡単に崩れてしまう。昨日まで仲の良かったはずの二人が、一人は別グループに属し、もう一人はひとりぼっち。それならいっそ、糸なんて出さずに気楽に野原を彷徨えばいい。一人でいた方が、変化を恐れずに済む」
「……お前、なんか変わったな」
「変わったって?」
「前は、もっと弱虫だった。弱いし、すぐ泣いた。でも、今のお前は……なんて言えばいいんだろな……俺の、兄ちゃんみたいだ。部屋にずっと居て、外に全然出なかった。たまにすれ違った時、俺や父ちゃんや母ちゃんを他人みたいな目で見てた」
「それは酷い話だ。同じ穴の狢として、僕がお兄さんの引き籠り症を治してあげようか?」
「……もう、いないよ」
歯を噛み締めながら言った木村君の言葉に、僕は罪悪感を覚えた。知らなかったとはいえ、冗談交じりにいじって良い事じゃなかった。
「……前はどんな人だったんだ? その、外に出ていた時は」
謝ろうとしたが、ただ謝って済ませるのは木村君に悪い気がして、少し木村君のお兄さんについてを聞く事にした。
すると、悲しそうにしていた木村君は一転して明るく笑い、持っていたパタークラブを掲げた。
「剣道で一番強かったんだぜ! この辺りはもちろん、県大会でも優勝したしさ! マジで最強だったんだよ!」
「剣道か。自慢のお兄さんだったんだな」
「俺も教えてもらおうとしたんだけどさ、兄ちゃんはいっつも「もうちょっと大きくなってからだ」ばっかり言ってよ! それで、毎日沢山飯食って! 筋トレして! それでデカくなって! それで、それで……それで……」
「……もう十分だよ。君のお兄さんが素晴らしい人だったのは、もう十分伝わったよ」
「……憧れてたんだ」
「だろうね。きっと色んな人に愛されてたさ」
笛の音が鳴り響いた。みんな担任の先生の方へと戻っていく。木村君は腕で目を擦ると、駆け足気味に戻っていった。
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