ラブアンドピース~悲恋を回避してハッピーエンドを目指しますぅ!~
ちまき
ローリ・クレイン。19歳
00 正念場
カラカラと回る風車。
風車を仕舞いながら、私は思う。
ーーーどうしてこんな事に、と思わなくはない。
けどやると決めたのだから、仕方がない。
なんとか落ち着きを取り戻した小さな若様を抱え直して立ち上がる。
固唾を飲みながらも私と若様を取り囲むのは、まさに今、城を陥落させた敵国の兵士達。
ここから若様を抱えたまま自力で逃げるのは……不可能だね。
いや、若様がいなくても無理だわ。頑張って訓練してきたけど、無理。
ごめんねぇ若様、一瞬だけど言い訳にしちゃった。
謝罪も込めて腕に抱えた若様の背中を優しく撫でると、若様は私の肩に埋めていたお顔を離し、おずおずと言った様子で私を上目遣いに見る。
「おぉい?」
「ローリ、ですよ若様。大丈夫、もっともっといっぱいお喋りすれば、ちゃんと喋れるようになりますからねぇ」
涙に鼻水、懐から布を取り出して若様のお顔を濡らすモノを拭いてあげる。
そうしながら若様に気付かれない内に息を一つ吐いて、私は若様を抱えたまま振り返りある人を見た。
明らかに纏う空気が違う人。
屈強な兵士の中にあって、頭一つ高い背の人。
この場にいる兵士達を率いる者だと、一目で分かる人。
傷跡を隠す為に顔半分を仮面で覆い、残り片方の目で私達を静かに見ている、その人。
くぅううぅ、相変わらずカッコいいなぁ!
さすが“カログリアの代表沼”!
そんな内なる声は出さずに、ニッコリ笑い掛けた。
「お騒がせしましたぁ。小さい子は繊細ですから、失礼ですけど皆さんのような大きくて如何にも強そうな男の人達に怖い顔で睨まれたら、怖がっちゃいますぅ」
「それは失礼したね。だけどさっきも言ったが、いくら顔見知りの君とは言え、こんな所で会ってしまった以上はここにいる理由を明かしてもらわないと見過ごしてはやれないんだ。特に、その抱えている子供…何処の誰なのかな?」
さっきの反省を踏まえてなのか、彼もニッコリと笑顔を浮かべ纏う空気も柔らかいモノにしている。
でもねぇ…その柔らかさが分かるのは知り合いだけだと思うんですよぉ。
知らない大男に笑い掛けられても、子供は普通に怖いだけだと思うんですぅ。
そもそも屈強な兵士に取り囲まれているこの状況で安心なんて出来るかっての。
て言っちゃったら、皆さん傷付いちゃうだろうから黙っておこう。
本当は良い人達だから。
結構お茶目だし。中には“ファン”が付いている人もいるし。
「何処の誰でもないですよ」
「…ローリくん」
「ここにいるのは名前も、言葉もまともに与えられず、置いてけぼりにされた哀れな子供。と、その世話係です」
咎めるような言葉を遮って、言葉を続ける。
嘘じゃない。
私の腕の中で震えている小さな若様に、名前はない。
後々の通称はあるけれど……あんなもので呼ばせたりしない。
世話係。ふいに、対峙する人の口から小さくそう零れた。
胸中を悟らせる人ではないので、何を考えているのか考えるだけ無駄だ。
「私達を置いて行ったここの長が逃げた方向なら教えられます。今なら、皆さんなら簡単に追い付くんじゃないでしょうか」
言いながら私はある方向へと視線を送る。
察しの良い人ならそれが、長が逃げた方角だと分かるだろう。実際、兵士達の中で目配せとハンドサインが瞬時に行き来し、何人かがこの場から抜けていった。
私の行為は一応、裏切り行為に当たるだろう。
でも先に放り出したのはあちらだ。
何より“原作”でもただ「吹き飛ばされた」と記されて終わった人物だ。
実の子であるはずの若様への仕打ちは腹に据えかねていたし、もともと“元凶”のような存在だから思い入れなんてない。どうなろうと咎める良心はない。
今、私が守るべきは若様である。
「と言う訳でぇ、私達の事は見逃してくれませんか?」
特に若様を貴方に渡すわけにはいかないのです。と言う言葉は呑み込む。
このまま何処か遠くで若様を穏やかに育てる事が出来ればベストなのだけど……さっき若様の暴走の兆しを見られてしまったからなぁ、すんなりとはいかないだろうなぁ。
どんな押し問答が繰り返されるのか。頭をフル回転させて対策を練っていると、私の耳に「ふむ」と思案する声が聞こえてきた。
顔を上げると、顎に手を置いて何やら考えている片目と目が合う。
「君がそうしているのも、ラブアンドピースの為なのかな?」
想定外の単語に、瞬きを一つ、二つ、三つ…。
「ふふっ」
思わず噴き出してしまった私に片目が弧を描く。
若様が私を仰ぎ見るが分かって、その背中を撫でてやる。
「そうでぇす。踏ん張りどころなもんで、心臓がバクバクしてまぁす」
「それはそれは。相変わらず楽しいねぇ、君は」
そう、ここが正念場。
絶対に若様を“最終兵器”にはさせない。
絶対に目の前の彼をラスボスにはさせない。
絶対にこの世界をあの“描かれた物語”のようにはさせない。
絶対に、悲恋を現実にはさせない。
そう決意して私、ローリ・クレイン。19歳は、ここまでやって来た。
「では、こうしよう…」
ピッと指された人差し指に緊張が走る。
ーーーどうしてこんな事になったのか。
始まりは、そう、6年前。
【記憶の魔法】でこの世界の情報を得てから。
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