最終話:帰還、そして新たな船出

未知の信号は、アルゴー号を巨大なガス状星雲の中心へと導いた。


そこは、新たな星が生まれる、宇宙の揺りかごだった。


そして、その中心に浮かんでいたのは、船でも、惑星でもない。


信じられないほど巨大な、まるで生命体のように脈打つ、結晶質の構造物だった。


信号は、そこから発せられていた。




アルゴー号が近づくと、結晶構造物の表面がさざ波のように揺らめき、二人の脳裏に、再びあの懐かしい『呼び声』が直接響いてきた。



―――よくぞ、辿り着いた。若き航海者たちよ―――



それは、地球の地下で遭遇した、古代の訪問者たち…『旅人』からのメッセージだった。


「あなたたちだったのか…」大輔が、問いかける。

「あの時空の渦も、あなたたちが?」



―――最後の試練だった。

力を手にした汝らが、絶望的な状況で、破壊ではなく、創造的な解を見出せるかを、我らは見ていた―――



『旅人』たちは、アルゴー号の乗員たちに、全ての真実を語り始めた。


彼らこそが、この銀河における『調律者』の正体だった。

しかし、彼らは支配者ではない。

彼らは、様々な宇宙で、生命の種を蒔き、その進化を見守り、導く、宇宙の庭師だったのだ。


地球にいた『調律者』を名乗る者たちは、彼ら『旅人』の意志を曲解し、人類を永遠に管理下に置こうとした、分派組織だった。

彼らは、人類の可能性を信じず、その進化を恐れたのだ。



―――汝らは、試練を乗り越えた。

自らの理論を信じ、ブラックホールの双子という、宇宙の深淵の理を解き明かした。故に、汝らには故郷へ帰る資格がある―――



結晶構造物が、眩い光を放った。

その光は、アルゴー号の目の前に、安定した時空のトンネル…ワームホールを形成した。

そのトンネルの向こう側には、見慣れた青い惑星、地球の姿が見えていた。


「…帰れるんだ…」


クルーたちの目から、涙が溢れた。長かった旅が、ようやく終わる。



―――だが、忘れるな。

汝らが持ち帰る力は、世界を変える。

多くの混乱と、争いを生むだろう。

それでも、汝らは進むか?―――



『旅人』の最後の問いに、大輔は、迷いなく答えた。


「進みます。僕たちは、人類の可能性を信じているから」



―――ならば、行け。

そして、汝らの手で、新たな宇宙の歴史を紡ぐがよい―――



アルゴー号は、クルーたちの万感の思いを乗せて、ワームホールへと、その機首を向けた。





そして、彼らは帰還した。


彼らが地球へと戻った時、世界は、彼らが旅立つ前とは全く違う様相を呈していた。


アルゴー号が引き起こした重力異常と、時田博士のネットワークを通じてリークされた断片的な情報は、世界の権力構造を根底から揺るがしていた。


旧来のエネルギー産業は崩壊し、各国は新たな力の源泉を巡って、一触即発の緊張状態にあった。


アルゴー号の帰還は、その混乱に、決定的な一石を投じた。


大輔とレイナは、隠れることをやめた。

彼らは、アルゴー号から、全世界に向けてメッセージを発信した。



「我々は、無限のエネルギーと、星々を渡る翼を手に入れた。

だが、この力は、誰か一国が独占するものでも、争いの道具でもない。

これは、人類全体が、地球という揺りかごを卒業するための、共通の財産だ」



彼らは、反重力技術の基礎理論と、安全なエネルギー利用法を、全世界に公開した。


それは、世界を更なる混沌に突き落とすか、あるいは、新たな秩序を生み出すかの、巨大な賭けだった。


当初、世界は混乱した。

しかし、人々は、アルゴー号がもたらした、無限のクリーンエネルギーの恩恵を受け、飢餓や貧困が過去のものとなっていく中で、次第に気づき始めた。争うことの無意味さを。






数年後。



地球の軌道上には、アルゴー号の技術を元に建造された、国際宇宙ステーション『DAISUKE-REINA 1』が、静かに浮かんでいた。


そこでは、かつて敵対していた国々の科学者たちが、協力して、更なる深宇宙探査船の研究を進めている。


大気圏突入は、もはや過去の遺物となった。

宇宙船は、反重力フィールドに守られ、鳥のように静かに、地上と宇宙を行き来している。


そして、かつて太平洋の孤島だった場所は、今や、宇宙を目指す若者たちのための、巨大なアカデミーとなっていた。


そのアカデミーの丘の上で、大輔とレイナは、夕日に染まる空を見上げていた。


空には、第二、第三のアルゴー号となるべく建造中の、巨大な恒星間宇宙船のシルエットが浮かんでいる。


「僕たちの冒険は、正しかったのかな」


大輔が、ぽつりと呟いた。


「ええ、きっとね」レイナは、彼の肩にそっと寄り添った。


「まだ、問題は山積みよ。

でも、見て。人類は、確かに前を向いて、星を見上げているわ」


彼女の指差す先、夕焼けの空に、一番星が輝き始めた。

それは、彼らがこれから旅立つ、新たな宇宙への、道標のようだった。


彼らの物語は、ここで一旦の終わりを告げる。


だが、人類の物語は、ここから始まるのだ。




宇宙という、壮大な徒然草の、新たな一ページが、今、開かれようとしていた。




【グラビティ・サーガ・完】

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