第7話 戻りつつある記憶

 5年も経っているのに、医者の方が、

「そういう危険性があるということを予見しているにしては、あまりそれに対しての手を打っているわけではない」

 ということから、本当であれば、

「何かおかしい」

 と考えてもいいだろう。

 しかし、この場合は、

「最悪の可能性を予見しながらも、それにあえて触れない」

 ということは、そこに、

「決定的な危険性がない」

 と考えているからに違いない。

 確かに、このまま放っておけば、

「永遠に記憶が戻らない」

 ということであれば、

「それはそれで仕方がない」

 として、最悪の状況を逃れることができるだろう。

 だとすると、

「永遠に記憶が戻らないような方法があるのであれば、そちらに舵を切ることもできるだろう」

 しかし、そんなことをしてしまうと、

「モラル」

 であったり、

「倫理」

 というものは、どうにもなるものではない・・

 実際には、今一番リアルに心配しているのは、実際の暴行犯であろう。

 結局、犯人の手掛かりは、証人である被害者二人は、

「一人は完全に気を失っていて、重症一歩手前」

 ということで相手の顔を見たわけでもない。

 そして、実際に暴行された方も、記憶を失ってしまっていて、今のところ思い出すということはなさそうだ。

 ただ、犯人たちにとって、都合がいいのは、

「刑事時効というのが、暴行罪の場合は、3年」

 ということである。

 5年が経っている以上、このままでは、もし記憶が戻ったとしても、訴えることができないということになるのだ。

 それを考えれば、犯人たちにとっては、一安心だということだろう。

 ただ、一つ言えば、

「記憶を取り戻した被害者とすれば、彼女にとっては、時効がいくら成立していようが、昨日のことなのである」

 しかも、自殺してしまいかねない状況になると、その罪の重さは、刑罰以上のものがあるだろう。

 もし、彼女の記憶が戻り、彼女がそのまま、今までの忌まわしい記憶を忘れて、たくましく生きていってくれるのであれば、旦那も家族も、あえて、

「復讐」

 などということを考えることもないだろう。

 しかし、それが、そうはいかず、

「自殺を試みて、記憶が戻ったことで、却ってめちゃくちゃになってしまった」

 ということになれば、旦那や家族からすれば、

「昔に引き戻された」

 ということになり、それこそ、

「時間差の悲劇」

 となるであろう。

「そんなひどいことが、この世にあっていいものか?」

 と言いたい。

 しかし、実際には、巻き起こる可能性が高い。

 実は、二宮は、すでに、自分の記憶と警察の捜査を伝え聞いたり、探偵を雇って調べてもらうなどして、ある程度の犯人を捜し上げていた。

 警察も、ほぼ同じ相手を犯人だとしてマークはしていたが、何しろ、

「証拠も、証人もいない」

 ということから、何もできないのであった。

 そのうちに、

「時効」

 というものを迎えてしまった。

 これが、

「殺人」

 ということであれば、時効はない、

 もし、記憶が戻って自殺した場合であっても、結局は、

「殺人ではない」

 ということで、罪に問われることはない。

 だから、

「法律は被害者家族にとって、まったく効果はない」

 といってもいいだろう。

 よくテレビで見る暴行事件の刑事ドラマなどでは、

「犯人として、まだ高校生の受験ノイローゼが引き起こした事件」

 ということで、だいたいそういう場合は、

「金持ちのドラ息子」

 の場合が多い。

 親の過度な期待が、息子を苦しめ、息子はそのストレスから、暴行を行う。

 それを知った親は、

「尻ぬぐいに走る」

 ということで、法律というものの、理不尽さが、結局、加害者に有利に働くことになるのだ。

 なんといっても、顧問弁護士などを使って、

「まだ、未成年で前途有望な少年」

 ということで、被害者家族のところに乗り込んでいく。

 そこで

「今裁判に持ち込んでも、お金はかかるし、裁判にかけたとしても、被害者が法廷に立って、言いたくないことも言わされることになる」

 というのだ。

「裁判の争点は、同意があったかなかったか」

 ということになるので、そのあたりをしつこく聞かれることになり、お嬢さんは、針の筵ですよ。それにこんなことが学校や近所にバレると、お嬢さんの将来がどうなるかということも考えてみてください」

 ということを言われるだろう。

 そのうえで、

「示談金をたくさん払いますから」

 ということを言われると、

「娘としては、もうこの事件を一刻も早く忘れて、立ち直りたいという気持ちが大きいはずです」

 ということで、

「裁判で争うよりも、示談」

 ということにする人が多い。

 ということになる。

 今回の事件では、

「犯人が誰だか分からない」

 ということと、

「時効が成立した」

 ということで、被害者側とすれば、

「早く記憶が戻って、一刻も早く事件を忘れ、昔のような明るい家庭を気づきたい」

 ということになるのだろうが、考え方として、

「失った5年間というのは、決して短いわけではない」

 ということだ。

 娘とすれば、

「25歳から、30歳というくらいの一番楽しいはずの時期ではないか」

 ということで、それは、家族の皆にも同じことがいえるだろう。

 旦那とすれば、

「新婚という期間であり、この時期に味わいたいことはいっぱいあった」

 ということで、実際に、

「子供ができるまでの時期を大切にしたいな」

 と話をしていたのだ。

 そもそも、

「子供ができてからの毎日というのが、正直、ピンとこない」

 ということから、

「結婚生活というのは、新婚の時期しか、想像ができない」

 と思っていたのだ。

 だから、本当であれば、一番ショックであるはずの二宮が、少し最近明るくなってきているというのは、何かいいことがあったからではないだろうか?


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