第3話
あれは年の暮れだったから、あの部屋の住人は年末の休みだったんだろう。
連日夜中のスクリーンは光を放ち、明け方近くまで上映が続いていた。
つまり私もその時間まで起きていたわけだが(笑)、妙な親近感を覚えていた。
別にその部屋の窓を見たくて外を見ていたわけじゃない。冬の夜空の星を見たかったのだ。
が、ベランダに出ると自然とその部屋が目に入る。
その度、
「まだ起きてたか、同胞。」
なんて心の中で声かけながら私は空を見上げていた。
やがて年が明け、冬が去り春が来た。
まだ早春の頃に、生活サイクルの激変が訪れた。
俗に言う日勤で働き始めたのだ。
完全に夜型の自分が、寝る時間を六時間ずらす「普通の生活」を強いられるのは何より一番辛いことであった。
苦渋の決断であったが「そろそろ普通のニンゲンとして働き、生活シナケレバ」という焦りと義務感が私をせき立てていた。
取り立てて人間関係に苦労することもなく、失敗を繰り返しながら鈍いながらも仕事を覚え。
緊張感が自分を動かしていた。
翌日に響かぬよう、睡眠を取り、22時には布団に入らねばと、私の中に鉄則が出来た。
私はそれを忠実に守った。
土日が来ても安息とは言い難い。仕事疲れが尾を引いて、どこにも出かけたくない。
必要最低限の外出だけ。
そして出勤日の前日は、再び緊張に気持ちが縛られるのだ。
ほっとできるのは、仕事が終わった夕刻の空を見上げるときだけ。
あのときの空。
まだ明るい藍色の空に上がった月を。
なんて幸せで、解放された気持ちで見上げたことか。
そこで初めて気づくのだ。
向かいの山の桜が満開なこと。
お花見のシーズンが既に来てたこと。
そして、花見する気持ちの余裕なんてまったくないことを。
ベランダに出て星を見るなど、私はとうに忘れていた。
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