第5話


「おや。一応点呼取ろうか。二人ぐらい少ない気がするから。

 楽進がくしん君から番号。五人揃ってなかったら朝から俺の右手が火を噴くからな」


伯言はくげん殿は洛陽らくようの街に行っておられます。徐庶じょしょ殿の母上の具合が良くないそうで、様子を見に行かれました。少し合流は遅れますが司馬懿しばい殿も許可されたそうです」


「なんだそうなの。それは心配だ。徐庶君、なんなら君も見に行ってもいいんだよ。

 長安ちょうあん行くまでは暇なんだし。そういう理由はちゃんと考慮してあげるから」


「ありがとうございます。ですが、今は遠征に集中したいので」


「そうか。いや、無理にとは言わない。司馬懿殿が許可なさったなら伯言君のことはいいんだ。許可なさってないもう一人どうした」


 尋ねられた楽進が、はいっ、と元気よく頷く。


郭嘉かくか殿も洛陽の街ですが、まだお戻りになっていません」

李典りてん。捕獲して来い」


「ええっ⁉ 俺がですか⁉」


「君は郭嘉大先生に憧れているんだろう。このままじゃ憧れの郭嘉大先生が司馬懿殿にその素行の悪さで目をつけられて長安に送り返されるかもしれんぞ。

 長安に送り返されるだけで済めばいい方だ。

 もっと最悪だと、清く正しく厳かにが信条の荀彧じゅんいく大先生が激怒して、憧れの郭嘉殿が厳かに十字固め決められて何日か歩行不能になるぞ。ちなみに俺は三日間なった。いいのかそれでも」


「よくはないですけど、荀彧殿に十字固め決められてる人、賈詡先輩以外に見たことありませんよ……」



「やあ、みんなお揃いで。おはよう。

 私を待っててくれたのかな?」



 郭嘉が優雅な足取りでやって来る。


「まあ、ある意味であんたを待ってはいた。

 勝手な行動いい加減慎めよ先生。あんたほんといつか司馬懿殿に怒られるからな。

 そのとき俺は立場上あんたのこと庇ってやれないよ?」


「うん分かった慎む慎む」


「二回言う奴は絶対慎む気がない奴だよな」


「美女が優しく起こしてくれたから寝坊しなかった。誉めて」


 いつも通り華やかな笑みを浮かべ、両腕を広げて揺らしながら寄って来た郭嘉かくかを嫌そうにシッシッ、と追い払う。


「いつか本当にお前を殴りつけてやりたい」


 賈詡かくが半眼になって言った。


「もういい。先生に構ってたら百年経っても涼州に着かねえ気がするからな。

 とにかく進軍進軍進軍だ! グズグズしてると先行してる張遼ちょうりょう将軍が単独で涼州騎馬隊撃破して帰ってきそうだからな! 楽進、李典、お前らは今日は快速で飛ばして張遼将軍に追いつけ。

 俺たちが決して行軍サボってないという所をお見せしてこい。頼むぞ」


「はいっ!」

「了解しました」


 楽進と李典が出発していく。





 徐庶じょしょは朝の白い光の中にある、洛陽の街をそこから見つめていた。





 肩を軽く叩かれる。


「いいお別れが出来たかな?」


 郭嘉が微笑んでいた。

 徐庶は彼を見てから瞳を伏せ、小さく笑んだ。


「……はい」


 ふと、郭嘉はその徐庶の表情を見た。

 それから少し腕を組み、思案したようだ。


「失礼します」


 徐庶が郭嘉に丁寧に一礼し、歩き出した。



「死は恐れない、か……」



 徐庶の遠ざかっていく後ろ姿を見送る。



(違うよ。徐庶君。

 死を恐れず、

 何を得るかなんだ。

 生を捨てることなんか、子供でも出来る。

 でも死を恐れず何かを得ることは、本当に強い者にしか出来ない。

 君に足りないのは得る覚悟だ。

 捨てる覚悟じゃない)



 それが分かる人間かどうかで、徐元直じょげんちょくという男の真価が見えて来ると郭嘉は思った。


 彼はそれから、振り返る。


 洛陽らくよう


 かつて帝という太陽を戴いた都だ。


 そして今は――誰もいない。


 朝日の中に静かに眠っている。



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