第4話





 ――それは瞼の上に、水滴が落ちてくるような感覚だ。




 眠っていた意識が目覚める。

 起きなさい、と圧倒的な力で何かが囁く。


 不意に、感じるのだ。


 郭嘉かくかは身を起こした。

 

 柔らかな裸体で、彼の身体に寄り添っていた女が小さく声を零して腕を滑らせた。

 その様子を眠たげだが優しい笑みで見下ろし、そっと女の長い髪を撫でてやった。


 あたりは白み始めている。

 洛陽らくようの街は静まり返っていた。


「……郭嘉さま……? ……どうなさったの……?」


 何かを感じるのだが、それはもっと遠くから来るものだ。

 それだけは分かった。

 つまり目の前の女ではない。

 

 郭嘉はなんでもないよと優しく囁いて、自分の前に何もかもをさらけ出した女の額を見下ろすように覗き込み、そっと口づけた。

 郭嘉が彼女達に愛しさを覚えるのは、

 自分なら他人にそこまで何もかもさらけ出すことは、恐れて到底出来ないと思うからだ。



『悪しきものに取り憑かれているようだ』



 潁川えいせんでも感じた。

 長安ちょうあんでもだ。

 許都きょとはしばらくそういうことはなかったのだが、ある時から――同じ感覚に襲われることがあった。


 そして今、洛陽らくようの街にある屋敷。

 ここは郭嘉の家ですら無い、魏の政とも全く関係の無い、郭嘉の知っている女の屋敷だった。


 しかし、確かに感じた。

 事実を繋ぎ合わせれば、真実に辿り着く。


 この『悪しきもの』は自分に取り憑いているというより、


 ……追って来てるのだ。


 ゆっくりと寝台から下りようとすれば、眠っていたはずの女の腕が勢いよく絡みついてきて、郭嘉かくかを後ろに引き倒した。

 絶対にまだ行かせないからと、裸のまま腕や足を絡ませてじゃれついてくる姿に、仰向けになった郭嘉は声を出して笑った。



(追われるのは割と得意だよ。

 ――迎え撃つのもね)



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