ロボアニメによくいるライバルキャラを甘やかして手駒にする極悪女

聖家ヒロ

第1話 蝶が生き血を吸うのなら①


 蝶は花を求める。

 その色彩に魅入られたからではない。その蜜を啜り欲を満たすという普遍的な行為を行うために過ぎないのだ。


        エリュシオン連邦第零研究所

               ジャコウ•村雨



  ◇



「お疲れ様。新しい機体の調子はどう?」


 帰ってきたに労いの言葉をかける。

 私――ジャコウ•村雨が必ずすると決めている事だ。


「……あれでは〈レギオン〉は落とせない」

「そう。なら、もっと改良がいるわね」


 パイロットスーツを纏った彼女の名はアマリリス•ミーティア。腰まで伸びる綺麗な栗色の髪に、翡翠の瞳が特徴的なエリートパイロット。


 狂犬を飼い慣らすのは容易ではない。だが、私はこの子を飼い慣らすのは簡単だった。では、この子は狂犬ではないのではないか、と言いたくなるだろう。あいにく、私はそういうことには慣れている。


「汗かいてるね。お風呂に入れてあげようか」

「入浴ぐらい一人でできると何回言えば……!」

「そう言って、この前入らず寝たじゃない」


 アマリリス――アマリィは図星と言わんばかりに声を詰まらせた。

 私は彼女を、強引に研究所内のシャワールームに連行する。


 パイロットスーツとインナーを脱がせば、引き締まった身体が顕になる。同じ女として悔しくなるぐらいいい身体だ。


 私は服を脱がず、そのままシャワールームへ入る。


「私は犬じゃない……」

「不服じゃなさそうね」

「っ〜……」


 彼女のような長身の女が肩を竦めじっと座り込むのを見るのは、たまらなく面白い。

 溢れ出るお湯を浴びせ、彼女に溜まった老廃物を丁寧に洗い流してやる。


 普段は凛々しく、れっきとした軍人である彼女だがその実はただの女の子に過ぎない。もちもちした肌、きれいな髪。触っていて面白い身体だ。


 シャワーを終え、彼女に寝間着を着せる。

 長い髪を丹念込めて乾かして、ブラッシングもしてあげる。その間、彼女はどこか不服そうな顔をしたまま、おとなしくしているだけだった。


「ちゃんと帰ってきて偉いね。よしよし」  


 一通りのケアを済ませると、むすっとした顔の彼女の頭を撫でる。艶々になった髪は、質の良い天然の絹のようだった。

 多少表情に綻びはできたが、依然として不服顔なのには変わりない。


(ほんと、かわいいなぁ)


 遊び甲斐のある可愛さだ。

 まだ同じ部屋で過ごすようになってから日は浅いが、私のこの子に対する関心はマックスに近い。


 

 長く遊べるといいのだけれど。




 ◇




 〈レギオン〉。

 それは今や戦場を支配する人型機動兵器である〈ゲイズチェイサ〉の中でも、製造元にとって特別な意味を持つ機体のことだ。

 とても兵器とは思えぬヒロイックなデザイン、それに似合わぬ圧倒的な性能。


 それが初めて現れたのは、二十年前。

 宇宙主義が根底にある〈アストラニズム〉信仰国家郡 〈EAS〉と〈エリュシオン連邦〉の戦争が苛烈を辿る中、人型兵器開発にあった遅れを埋めるべく開発された。

 

 〈レギオン〉は戦場で輝かしいまでの戦果を上げ、やがて人類の大半が死ぬことになったその戦争を、休戦にまで追いやったのだ。


 休戦状態にある両陣営だが、あくまでも休戦。いつ戦いの火蓋が切られるか分からない。

 エリュシオン連邦は来る日に備え、新型 〈レギオン〉を極秘開発していた。


 それが、あろうことか民間人の手に渡ってしまったのだという。

 連邦はその民間人を取り込み、強引にパイロットに育成しようと試みたものの、〈レギオン〉と共にその民間人は 〈EAS〉へ離反した。



 その際、彼の教育係を務めていたのが奇しくもアマリリスで、〈レギオン〉強奪の責任は彼女に全て押し付けられてしまったのだ。


 そして、私の第零研究所が退役寸前だった彼女を引き取り打倒〈レギオン〉に向け奮闘中……ということだ。


 アマリィはもっと私に感謝すべきだ。

 この腐った連邦において、死刑にされてもおかしくない状況から救ってあげたというのに。


 舞台は早くも戦場に移った。

 第零研究所のカルメラ級戦艦の格納庫で、私とアマリィは出撃前の最終チェックを行っていた。


「この"トルギオ"はどう? これからに向けた火器運用のテストを兼ねた試作機だけれど」


 今の連邦の主力機"トルギオ"。

 初代〈レギオン〉の量産型と呼べる機体で、その性能は量産機というには高すぎるスペックを備えている。


 本来なら薄紺色の装甲、ツインアイが透けて見えるバイザーが特徴の"トルギオ"だが、この機体は試作機ということもあり黄土色に染まっている。


「……なんでもいい。あれを落とせるなら、私は」

「そう。でも、なるべく使ってほしい武装があるの」


 そう言って私はタブレット端末のデータを見せる。


「破砕砲…?」

「そ、対要塞攻略兵装。上がどうしてもって言うから作ってるんだけど、ジェネレーターが悲鳴を上げちゃって。この機体なら多少大丈夫だと思うけど、一応ここぞって時にね」


 話を終えると、彼女の頬に手を当てる。

 険しい口調と顔に見合わず、もちもちしていて柔らかい。すりすりしてから、甘い声音で言ってみる。


「死んじゃだめよ」


 私の話を聞き入れて、アマリィはヘルメットを着用し、有無を言わずバイザーを下ろした。

 コックピットハッチを閉ざして、即座に発進体制を整えた。


「……やれやれ」


 首輪が役に立たない犬は困る。

 が、その分楽しいものが見られる。代償に見合うほどの、楽しいものが。


 〈レギオン〉は必ず現れる。単純に強力だから、という理由も無論あるが、EASにとって、早急に戦闘データを収集し、量産体制を確立させたいはずであるからだ。


 あの子はそのほうが、きっと喜んで尻尾を振るだろう。






 〈レギオン〉。

 それは私にとって倒せなければならない存在。至るところで英雄の象徴と言われるそれだが、私はそれを激しく嫌悪している。


 操縦桿をぐっと握り、私は全天周のコックピットの前方だけを見つめた。

 私が倒すべきは〈レギオン〉。ただそれだけ。


「アマリリス•ミーティア、"トルギオ"行きます!」

《はい、行ってらっしゃい》


 カタパルトに乗った"トルギオ"は、一気に射出されて大空へと放たれた。

 降りかかるGは凄まじく、何度受けても呻き声を漏らしてしまう。


 バーニアを吹かして推力を獲得。片手にレールガン、もう片方に高周波カッターブレードを装備し、私の"トルギオ"は〈レギオン〉目当てに空を舞う。


「どこだ!! 出てこい、レギオン!!」


 目下に広がるのは果てしない荒野。

 宇宙資源を星に持ち込んで、宇宙由来エネルギーを開発したことによって、地球の環境破壊は更に進行した。今や、緑のある場所のほうが珍しいし、大気中に潜む宇宙由来粒子のせいで電波が通る場所も稀だ。


「っ!」


 レーダーが敵性反応を捉える。

 現れるはEASの主力量産機 "ステア•リベルグ"。赤黒の甲冑を纏った重戦士を思わせるその機体は、赤いモノアイをぎろりと光らせ、私に向かってくる。

 その数およそ三。"ステア•リベルグ"も、ここ十年の技術の結晶ともいえる機体で侮れない。が。


「お前らに構ってる暇はないっ!!」


 〈レギオン〉には遠く及ばない。私が求めるのは〈レギオン〉だけだ。


 


 ◇



 彼女の戦いは見ていて爽快だ。

 接敵と同時に腰部の拡散ビーム砲で牽制。散り散りになった敵機を一対一で素早く仕留めていく寸法らしいが、残念ながら"火器運用試験型トルギオ"は、あまり近接戦闘は得意ではない。


 でも彼女は、機体の駆動系に悲鳴を上げさせながらも、高周波カッターブレード一本の素早い剣捌きを私に堪能させてくれた。


「ふむ……射撃が得意なのかと勝手に思ってたけど、検討違いだったね」

 

 私はぼそ、と言う。


 この様子なら次の機体は駆動系と防御性をもっと強化した近接戦闘特化機のほうが良さそうだ。

 それに、あの子の手癖を見る限り射撃武装は最小限で良さげな気もするが、まだ日が浅いからそこはもう少し観察するとして。

 やはり強化すべきは格闘武装。カッターブレードだけであそこまでやれるなら、もう一、二種類バリエーションを増やせばもっと伸びそうだ。

 それに伴ってやはり機体そのものの刷新が必要かな。

 装甲は極力軽めに、バーニアを増やしてジェネレーターの出力も上げよう。かと言って死なれても困るし、素材は考えないとな……あとは――



 楽しい。

 つい呟きたくなった。


 自分が持てる知識をフル活用し、色々と思考を巡らせるのは、どうしてこうも楽しいのだろう。 


 あぁ、ずっとこんな事ができればいいのに。

 

 お願いだから、壊れないでね。

 可愛い私の狂犬ちゃん。



 ◇



「来たな……〈レギオン〉!!」


 飛来するは白銀の天使。

 太陽を象徴する赤と白が基調となったヒロイックなデザイン。翡翠の輝かしいツインアイと対を成すブレードアンテナは紛れもない〈レギオン〉の証。

 翼かのようなスラスターユニットが展開され、ツインアイが忌々しく光を灯した。


 コードネームは"ゼラキエル"。

 大層な天使の名を背負うその翼を、今日こそはへし折ってやる……!


《アマリリス少尉ですか……!?》


 忌々しい少年の声が聞こえる。

 私は奥歯を砕いてしまいそうなほど、歯を軋ませた。


「見つけたぞスイレン……! 今日こそは!」

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