ゆうしゃの夏、まほうつかいの空

えんびあゆ

本編『ゆうしゃの夏、まほうつかいの空』

第1話 ゆうしゃの夏[1]

終業式の日の教室は、いつもよりほんの少しだけざわついていた。


夏休み直前の午後。

晴れわたる空の下で、窓際のカーテンがゆっくり揺れている。

けれど、その風はどこか蒸し暑くて、ふわっと頬をなでたあと、すぐにぬるい空気に戻ってしまった。


教室のあちこちでは、ランドセルを開けて配られたプリントをしまい込む音や、「明日さ、公園で鬼ごっこやろー!」と盛り上がる声が飛び交っている。

一部の子たちは机を寄せ合って“夏休み計画会議”を始め、自由研究のテーマを相談したり、旅行の予定を自慢し合ったりしていた。


「自由研究、今年は“カブトムシの行動観察”にするって決めてんの!」

「うちさー、家族でキャンプ行くんだー。テント買ったんだよ!」

「すげー!でもさ、山の中ってクマ出るんでしょ?こわっ!」


そんな声に、笑い声が混ざる。


誰もが“特別な時間”の始まりを前にして、そわそわと落ち着かない様子だった。


でも——。


そんな喧騒から少し離れた教室の片隅で、ひとりの少女が静かに座っていた。


結城なつみ。


背筋を伸ばして椅子に座るその姿は、周囲の騒がしさから切り離されたように静かだった。

整えられた机の上には、渡されたばかりの通知表とプリントの束。なつみは手を動かしながら、それらをきれいに重ねていた。

でも——彼女の視線は、もっと遠く、もっと別の場所を見ていた。


外では、濃い緑が陽射しに照らされて、ゆらゆらと揺れている。

校庭の木々からは、むせ返るような蝉の声が降ってきて、窓際の空気をじっとりと熱くしていた。


梅雨はまだ明けていないはずなのに、今日の空は一面の真っ青で、照り返しは真夏そのものだった。


そんな陽射しを受けながら、なつみの横顔は、なぜか少し涼しげに見えた。

まるで、教室の中でひとりだけ、違う季節を生きているみたいに。


指先を動かしながら、なつみは小さく、口をひらいた。


「……やっとだ」


ほんのわずかに、震えるような声だった。

誰にも届かないほど小さなその声には、確かに熱が宿っていた。


それは、喜びのような——。

でも、どこか決意にも似た響きを秘めていた。


そんななつみの姿を後ろで同じクラスの男子―――瀬川そらたはみつめていた。

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