第1章『追放令嬢、自由と誓いの第一歩』

追放、それは自由の始まり

「……ああ、やっと終わったわね」




扉の向こう、王宮の大広間を振り返ることもなく、わたくしは歩き出した。




誰もいない石畳の道。


裾を引くドレスが埃にまみれ、髪は風に乱れている。


いつもなら侍女が直してくれたけれど、もう彼女たちはいない。




「はあ……脱いでもいいかしら、このヒール」




──断罪された“悪役令嬢”が、優雅に踵を鳴らしながら去っていく姿。


これだけで一枚絵になりそうね。SNSでバズるレベルよ。




……って、違うわ。


もうSNSなんてないんだった。




「でもまあ、乙女ゲームの悪役令嬢としては、満点の退場劇だったと思うのよ」




強いて言うなら、演技力で言えばSランク。


涙ひとつ見せず、堂々と笑ってやった。


あの王子の顔、今でも思い出すと笑えるわ。




──あれで震えてたのよ?


今さら遅いのに。




「ふん、ざまあですわ」




誰もいない道に響いた自分の声に、ちょっとだけ笑ってしまう。







追放の書面にはこう書いてあった。




『リディア・アルヴェイン、王家に仇なす言動により爵位剥奪および首都より永久追放。今後、王都に立ち入った場合は、王国法に則り処罰する』




──さようなら、貴族社会。




「ようやく解放されたわね」




言葉とは裏腹に、胸の奥がちくりと痛んだ。


でも、そんなの知ってる。




前世で慣れてるのよ、こういうの。




働いて、尽くして、我慢して、信じて、裏切られる。


なのに責められるのは、いつだって“信じた方”。




「……いいわ。今度こそ、わたくしの人生を生きてやる」




そして目指すのは、王都から北へ数日。


“誰も近づかない古代の遺跡”。




かつてこのゲーム世界で、隠しエリア扱いされていた“はじまりの聖域”。




原作では主人公セリアがルート分岐で立ち寄る程度の場所だけど――


あそこにしか、わたくしの目覚める場所はない。




「行きましょうか、リディア・アルヴェイン」







「……あっつ……なにこれ砂利!? ドレスで旅とか正気じゃないわよ!?」




翌日。




見事に後悔した。




だって! 誰も教えてくれなかったじゃない、徒歩で辺境遺跡目指すとこうなるって!!




「え、馬車代? ないですけど? え、泊まる場所? 路上ですけど?」




もう笑うしかない。あまりにも乙女ゲームヒロインとかけ離れてるんだけど?




「くっ……耐えるのよリディア、これは自由の代償なの……!」




でもね、空気が違うの。


ひとりぼっちは寂しいけど、


“自分の意思で歩いている”ってだけで、心が軽くなる。




誰にも命令されない。


誰かの期待を背負わなくていい。


傷ついても、自分の責任で、進めばいい。




「……悪くないわね」




髪を束ねて、深呼吸をひとつ。




まだ見ぬ“未来のわたくし”に、少しだけ手を伸ばす。







そして、たどり着いた。


黄昏に沈む断崖の上、神殿のような遺跡がそびえていた。




柱には古代文字。


空には舞い散る光の粒。


前世のわたくしが画面越しに見ていた“伝説の場所”が、目の前にある。




足を踏み入れた瞬間、空気が震えた。




――バチィッ!




「っ……な、に、これ……!?」




手の甲が、焼けるように熱い。


文字が、刻まれる。


紅と紫の混ざった光が、皮膚の内側から浮かび上がる。




視界に走るシステムログのような表示。


聞こえないはずの言葉が、頭に直接流れ込んでくる。




《適合者──確認》


《コード接続開始》


《ユニークスキル:アルカ・コード、発動条件満たす》




「……これが、“わたくしの力”?」




遺跡の奥から、光が――わたくしを“呼んでいる”。




ここから始まるのだと、確信した。


“悪役令嬢の物語”ではなく――


“わたくし自身の物語”が。




「ふふ……楽しくなってきたじゃない」




口元を、自然と笑みが形作る。




「乙女ゲームの元悪役令嬢が、チートスキルで世界を救うなんて――


流行るわよ、これは」




そしてわたくしは、光の中へと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る