第1章『追放令嬢、自由と誓いの第一歩』
追放、それは自由の始まり
「……ああ、やっと終わったわね」
扉の向こう、王宮の大広間を振り返ることもなく、わたくしは歩き出した。
誰もいない石畳の道。
裾を引くドレスが埃にまみれ、髪は風に乱れている。
いつもなら侍女が直してくれたけれど、もう彼女たちはいない。
「はあ……脱いでもいいかしら、このヒール」
──断罪された“悪役令嬢”が、優雅に踵を鳴らしながら去っていく姿。
これだけで一枚絵になりそうね。SNSでバズるレベルよ。
……って、違うわ。
もうSNSなんてないんだった。
「でもまあ、乙女ゲームの悪役令嬢としては、満点の退場劇だったと思うのよ」
強いて言うなら、演技力で言えばSランク。
涙ひとつ見せず、堂々と笑ってやった。
あの王子の顔、今でも思い出すと笑えるわ。
──あれで震えてたのよ?
今さら遅いのに。
「ふん、ざまあですわ」
誰もいない道に響いた自分の声に、ちょっとだけ笑ってしまう。
◆
追放の書面にはこう書いてあった。
『リディア・アルヴェイン、王家に仇なす言動により爵位剥奪および首都より永久追放。今後、王都に立ち入った場合は、王国法に則り処罰する』
──さようなら、貴族社会。
「ようやく解放されたわね」
言葉とは裏腹に、胸の奥がちくりと痛んだ。
でも、そんなの知ってる。
前世で慣れてるのよ、こういうの。
働いて、尽くして、我慢して、信じて、裏切られる。
なのに責められるのは、いつだって“信じた方”。
「……いいわ。今度こそ、わたくしの人生を生きてやる」
そして目指すのは、王都から北へ数日。
“誰も近づかない古代の遺跡”。
かつてこのゲーム世界で、隠しエリア扱いされていた“はじまりの聖域”。
原作では主人公セリアがルート分岐で立ち寄る程度の場所だけど――
あそこにしか、わたくしの目覚める場所はない。
「行きましょうか、リディア・アルヴェイン」
◆
「……あっつ……なにこれ砂利!? ドレスで旅とか正気じゃないわよ!?」
翌日。
見事に後悔した。
だって! 誰も教えてくれなかったじゃない、徒歩で辺境遺跡目指すとこうなるって!!
「え、馬車代? ないですけど? え、泊まる場所? 路上ですけど?」
もう笑うしかない。あまりにも乙女ゲームヒロインとかけ離れてるんだけど?
「くっ……耐えるのよリディア、これは自由の代償なの……!」
でもね、空気が違うの。
ひとりぼっちは寂しいけど、
“自分の意思で歩いている”ってだけで、心が軽くなる。
誰にも命令されない。
誰かの期待を背負わなくていい。
傷ついても、自分の責任で、進めばいい。
「……悪くないわね」
髪を束ねて、深呼吸をひとつ。
まだ見ぬ“未来のわたくし”に、少しだけ手を伸ばす。
◆
そして、たどり着いた。
黄昏に沈む断崖の上、神殿のような遺跡がそびえていた。
柱には古代文字。
空には舞い散る光の粒。
前世のわたくしが画面越しに見ていた“伝説の場所”が、目の前にある。
足を踏み入れた瞬間、空気が震えた。
――バチィッ!
「っ……な、に、これ……!?」
手の甲が、焼けるように熱い。
文字が、刻まれる。
紅と紫の混ざった光が、皮膚の内側から浮かび上がる。
視界に走るシステムログのような表示。
聞こえないはずの言葉が、頭に直接流れ込んでくる。
《適合者──確認》
《コード接続開始》
《ユニークスキル:アルカ・コード、発動条件満たす》
「……これが、“わたくしの力”?」
遺跡の奥から、光が――わたくしを“呼んでいる”。
ここから始まるのだと、確信した。
“悪役令嬢の物語”ではなく――
“わたくし自身の物語”が。
「ふふ……楽しくなってきたじゃない」
口元を、自然と笑みが形作る。
「乙女ゲームの元悪役令嬢が、チートスキルで世界を救うなんて――
流行るわよ、これは」
そしてわたくしは、光の中へと歩き出した。
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