第28話 貴族の御曹司を切る

 鍛治職人のムツ曰く、この世界もメジャーな金属はやはり鉄と銅なのだそうだ。


「その鉄をどういった魔石で溶かすのか、鋳造する時にどんな効果を付与するのか、人の手で作られる武器に出来る事はそれぐらいだ」


「中年が手を繋いで真面目な話をしてるww」

 と俺が笑うと、ロメインは調子に乗って、握った手をぶんぶんと振った。

 ムツが腰を痛そうにしている。


「その付与というのは、エルマさんの粉錬金の粉を混ぜたりするんですか?」

「そう。固まる前の刀身に振りかけたり、付与のあるアクセサリーを鍔の部分にはめ込んだりもするから、粉錬金だけじゃなく方法は様々だな」


 ムツは、金属を加工する仕事を専門にしているそうだ。木を使った鞘やベルトなどは外注なのである。


「だから我が娘エルマも含め、職人には横の繋がりが重要なんだよ。例えば家を建てるのだって、大工の他に、建具職人と魔道具職人と庭師などが要る」

「あと、布団屋やカーテンや絨毯も要るし、それ以前に釘や蝶番を作る職人も必要だな」


 手を繋いだおっさん2人が職人の何たるかを語っている。


「君の商品はエルマが取り扱うのだろうが、ここにある品々を見て何かに思い至る職人が出てくることを私は望んでいるんだよ」


「やはりこの貴族の御曹司は、御曹司っぽくないよなぁ」と漏れる俺の心の声に


「そりゃそうさ。この街に来ている奴らは大抵、ギルドから爪弾きされた奴らだからな。その領主ならなおさらだし、ロメイン様の元で商人も職人も皆仲が良いんだ」


 ムツに言われてロメインが胸を張る。


「この国の他の連中は進歩を恐れているんだよ。効率的なやり方、新しいレシピが発見されたとしても、人件費のかからない奴隷を使っての昔ながらの方法が良いと言って頑なに守り続けている」

「あと、チグリス神の教えとやらも進歩の邪魔をしているんだが、その神の加護をもらった男がこんな煩悩まみれだと知ったら、奴らはどうなるんだろうな」




 ムツは話しながらもテーブルの品々に目を向けていた。


「やはり、好奇心旺盛なんだな」

 彼が次に手に取ったのは爪切りである。


「たぶん金属で出来てるからなのだろうが……」


 くるくると爪切りの取っ手の部分を回すムツは「コレは何だ?」と尋ねてきた。


「手足の爪を切る道具だよ」


 俺の言葉に繋いでない方の手の爪を見るおっさん2人。


「俺は毎朝ヤスリで削っているんだが、ロメイン様は?」

「私は鋏を使っている」


「使ってみますか?」とロメインの手を取ると、少しだけ顔が引きつった。


「意外とごつごつしているなぁ。ちゃんと剣とか振ってきた人生が手に現れてる。コレを見たら『手相が科学で統計学』って言っていた有名な占い師を思い出すよ」


 などと言いながら、ロメインの伸びた人差し指の爪をパチンと切った。


「もう一回切って見せてくれ」と横から見ていたムツ。

「いや、この音は何か怖いぞ」と強張るロメイン。


 結局、全部の指の爪を切る頃には、周りに野次馬が増えていた。


「ロメインさんの様子を笑う人も混ざってるから、良い領主なんだろうなぁ」

「で、仕上げに取っ手の背中にあるヤスリで磨いて終わりです」


 俺から受け取った爪切りのカバーを外して中を覗き込むムツさんは、何やらぶつぶつと独り言を言っている。

 もちろん、俺にはその言葉は通じない。


 集まった大人たちが、互いに爪を切り合う。


「それ、自分で切っても良いんですからね」


 と俺は言うが、ロメインは口に人差し指を当てて「ナイショナイショ」と小声で返してきた。


「内緒の仕草はこちらも共通なんだな」


 わちゃわちゃする大人たちから離れて、俺は最初に座っていた部屋の隅の椅子へと戻った。


「こうやって、現代日本の技術が一気に伝わって、色んな既得権益や伝統や固定観念が崩れていくんだろうなぁ」

「ちょっと罪悪感が湧いてきたなぁ」

「でも、他にも召喚された連中はいるからな」

「まぁこんな時はアレだ。昼ビールだ」


 収納からキンキンに冷えた一番搾りを取り出してプルタブを開ける音が広い部屋に響く。

 すると


「おい、このあと日本で買い出しに行くから、飲んじゃダメだからね」


 とカンナから怒号が飛んできた。


「どれだけ耳が良いんだよ……」 

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