第23話 生涯忘れることはないでしょう

 勝手に井口がギターで弾きだしたイントロは、並んで横に座るカンナのよく知る曲だった。


 オリジナルはピアノの印象的なフレーズで始まるaikoの名曲『カブトムシ』



 カンナが中学の時の友達5人でバンドをやる事になって、学祭のステージで披露した2曲のうちの1曲。メンバーの誰かの兄弟から借りたベースで、始めて覚えた曲がこの曲だった。


 そしてこの時のステージをきっかけに、剣道少女だった村尾カンナはベースの沼にハマって抜け出せなくなっていった。


 その後、高校に進学して今のバンドメンバーと出会って、順調にメジャーデビューして今に至るカンナの起点になった曲がこの曲だ。



「悩んでる身体が熱くて〜🎵」


 自然に動く指。

 いつもより通る歌声。ボーカルは別の子だったのに、なぜかカンナの口から歌詞が出てくる。


 リサイクルショップで一度試し弾きをしただけのアコースティックベースの音が、木製のボディを乗せている太ももに心地よく響く。

 このアコベ、買って正解だったわ。

 


 エルマたちが少しだけ体を揺らしながら、歌うカンナと伴奏する井口を見守っている。

 スマホで録画してもらえばよかった?




 しかし、井口だ。

 なぜこの選曲なのだ?


 世の中のある特定の世代の男性は、aikoとAKB48は女なら誰でも歌えると思っている。

 井口はもうちょっと若い世代のはずなのに、なぜこの曲のチョイスなのだろう。


 そういえば、これまでの選曲もそうだ。


『歌うたいのバラッド』『今宵の月のように』『ロビンソン』『新宝島』『北の国から』『夜空ノムコウ』……彼が大学時代にバンドでカバーしていたとしても、『新宝島』以外は微妙に古くないか?



 などと余計な事を考えながらでも、カブトムシをちゃんと歌えている。


 2番のBメロで井口を見ると「長いまつげが揺れてる🎵」のところで、呪われ男はわざとらしくまばたきをする。


 カンナは視線を外し、2番のサビを歌う。

 工房に響くカンナの歌とギターとベース。そこに突然井口がコーラスを乗せてきて、驚いて振り返ったカンナにイタズラっぽい笑みを見せた。



 一昨日出会った男に連れられて飛んだ異世界で、私は『カブトムシ』のベース弾き語りをしていました……なんて、あちらの世界で話したら【ブロスト】のみんなはどんな反応をするだろうか?


 1曲を歌いきったカンナに、工房の皆の喝采が溢れた。

 歌っている内容が理解できたせいか、大袈裟といえるほどの拍手だ。


 まぁ、アレだ。


 カンナはこの夜の出来事を、、だな。

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