第12話 歌うたいのバラッド

 昨日の最後に元捕虜たちに囲まれた場所に【転移】してきた。


 緩やかな右カーブの森の間を抜ける道。

 思わず漏れる独り言。


「昨日よりも明るいのは、青空の面積が広いからだろう」

「おっ、思った事がダダ漏れですな。さっきまでの物静かな俺はどこへ消えたんだろう」

「さてどちらへ行こうか……。片方は最後の最後に裏切った元捕虜の現地人。もう片方は、魔剣を持ってた兵隊さんが捕虜を連れていこうとしていた方向……」

「話が通じそうなのは兵隊さんの行こうとしていた方向だよな……。まぁ話は通じないんですけど」


「っと、その前に」と兵隊さんから頂戴した剣を収納から取り出して、鞘にスプレー塗料を掛けて黒く塗る。


「パッと見でバレないぐらいで良い。バレたら収納して転移すれば済む話だ」


 塗料が乾いていないのも気にせず剣を収納する。


「あの魔剣はカンナが所有者だから使えない……。って、俺武器持って無いな」

「熊撃退スプレーじゃどうしようもないから、やっぱり岩かな……」


 進む道沿いの岩や石、切り倒された大木なんかもある。

 それを片っ端から収納していく。


「だいたい5メートルぐらい上から落としてみるか……」


 直径が30センチほどの小さめの岩を5メートルほどの高さから落としてみる。

 ボスって音を立てて、踏み固められた土の道に落ちてめり込んだ。


「デカい岩なら潰されて死んじゃうんだろうな」

「圧死だな……」

「大木で足止めした後に落としても良さげだな」

「でも、魔物のドロップ品とか拾えるのか?」

「あっそうか、岩を収納すれば拾えるのか」




 ぶつぶつと独り言を話しながら2時間ほど歩くと、前方から川の流れる音が聞こえてきた。


 下り坂の先には拳大の石が広がる河原と20メートルほどの川が流れているのが見えた。


 その先には白っぽい石造りの壁が川に沿って建っている。

 そして大きな門。そこにつながる長い木造の橋。


「あの手すりが無い木の橋、時代劇で見た事があるけど……あの京都の橋の名前って何だっけ?」


「いや、アレだけの壁とすぐに燃やせる木造の橋って、もしや国境か?」


 橋の渡る手前にも小さな木の門があり、そこに警備の兵士が2人立っていて、入国の列を捌いている。


「つまりは、あの人と話さなきゃ渡れないワケか……」

「列の最後尾に付き、まるで地元民の様に入れば何とかなるはず」

「って、水色のパーカーでニューバランス履いた地元民がいるワケ無いけど……」




「jnlgydaj!」


 俺の番になり、案の定よくわからない声で止められた俺は


「ほらなぁ……わかんねぇよ、jnlgydajって何だよ、止まれか? こんにちはか? それとも袖の下よこせか?」


「dcjimdj」


 後ろから両肩を優しく掴まれた俺は、門の横のベンチに座らされ、片割れが川の向こうに人を呼びに行った。


「列に並ぶ人たちの視線が痛い。クソっ、確かに我儘言ってこんな呪いかけられたけど、このまま国境警備隊に捕まって奴隷落ちとかいやだぞ」

「もういいや、ここで商売始めるかな、どうせ偉い人が来るのは遅い」


 無限収納からショルダーバッグ経由でレジャーシートを取り出して目の前に広げた上に、同じくバッグから出したふりして【図鑑】を何冊か並べる。


「百貨店で使える商品券でボーナスが払われる時点で、ウチの百貨店の経営はヤバかったんだろうなぁ」


 倒産した元職場の書籍売り場で買い揃えた【図鑑】たち。昆虫、動物、世界遺産、変わった船、世界の橋、日本の仏像、西洋画、陶磁器……の図鑑。


「ウチの割高なオリジナルブランドを買うよりは……の意気で買い揃えた図鑑たち」

「ほれ、見てみよ、異世界人よ。鮮やかな色使いで描かれた印刷物を……」

「ついでにギターだ。絵と音楽は言葉を超えるってカンナちゃんも言ってたし」


 行列の人々の視線が書籍に集まっているのを確かめた俺は、おもむろにギターを取り出して肩に掛けた。


「どうせ意味がわかる人間なんていないし、やりたいようにやるか?」


 咳払いを一つして

「えっと……最初の曲は……唯一間違わずに弾けるだろうなぁって曲です……」

「去年、大学時代の軽音の後輩が結婚したんだけど……その時に余興で弾いた曲で……」

「聴いてください……『歌うたいのバラッド』」


 とミュージシャンのMC明けみたいな語りから、コードを抑えてイントロを弾き始めると、なぜか呪いのダダ漏れが止まった。

 コードを抑えるたびにGとかAmとか口から出たら大変だったからな……って考えも言葉になってないし!


 あぁ、このギターの音いいなぁ、値段見なかったけど高かったんだろうなぁ、などとカンナの事を思いながら、俺という唄歌いは歌うよ。


 ひとり、誰かの連れの4〜5歳の女の子が前に出てきて、俺が弾くギターを興味深げに下から覗き込んできた。

 俺が微笑みかけると、恥ずかしそうに目線を下に移し図鑑に手を伸ばした。

 何気なく開いた船の図鑑『南極観測船しらせ』の断面図のイラストのページで、彼女はじっと見入っている。

 わかる、断面図には子供の心を掴む何かがある。


 川のそばだからか、時折涼しい風が吹き通っていく。

 行列の人も兵士も、なぜか足を止めて俺の歌を聴いていた。


 あぁ、なんか高い声が出しやすい気がする。


 例の【健康な体】のせいだろうか?

 サイトウさん、あなたが歌う通り、唄うことは難しい事じゃない……。

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