第10話 落ち着いたので目標を決める
「戦略よ、戦略」
と薄幸美人のベーシスト村尾カンナが剣を鞘から抜いて、とろりとした目で刃を眺めている。
「言葉が通じない。敵か味方かわからない状況の相手に何を持ち込み、何を売るか。明日の昼までに決めなきゃいけない」
「明日の昼? もう少し余裕があると思うけど……」
神様からの呪いと【転移】の魔法の仕様はこうだ。
①【転移】の魔法を使うと直後の12時間は心に思ったことが口から漏れ続ける。
②【転移】の魔法は使用した後3時間は再びの【転移】は使えない。
③ 現代日本に24時間以上居続けると、感情ダダ漏れタイムが更に伸びる。
「だから、明日の夕方までこっちに居てもいいんじゃないか?」
「ふーん、夕方にあっちの世界に戻ったら、3時間経つ前に夜がくるよ。大丈夫だと思う?」
「……大丈夫ではないな……。車持っていってそこで一夜を明かしたとしても、それで終わりだし、昼に飛んで文化的な集落を見つけるのが先か……」
「へぇ〜、クルマ持ってるんだ。何乗ってるの?」
「ホンダのフリード。後部座席がフルフラットになる素敵なクルマなのだが、一緒に選んだはずの彼女とは別れ、5年ローンを返していくあての仕事も無くしたのだよ……。なぁ、百貨店が潰れる時代なんて想像できたか?」
俺が勤めていた地元の百貨店が、先日惜しまれつつ閉店したニュースは彼女も知っていたらしく
「ショッピングセンターとネット通販の時代に、昔ながらの二流百貨店が生き残れるなんて誰も思ってなかったでしょうよ」
と笑う。
「ウチのバンドリーダーにね、先の先まで予測して短期、中期、長期の目標を持ちなさいって教えられてるわけ。じゃあ井口さん、あなたの目標は?」
「うーん。この女意外としっかりしてるんだな。最終的な目標は……金持ちになって妻をいっぱい侍らせて王族や領主様の呼び出しに『やれやれ』なんて毎日忙しく働く事か? いや、人里離れた土地でめちゃくちゃ強い猫耳娘と狩りや狩猟で暮らすスローライフ? 違う違うっ、そうじゃない。俺の目標はこっちの世界とあっちの世界を行き来しながら、のんびりと忙しく余裕のある生活をする事だ。ってなんか矛盾した言葉だな」
「ならばそこに行き着くために何をする?」とカンナが缶チューハイの最後の一口を飲んだ。
「あっちに拠点を作る。俺無しでも商いが出来るように倉庫があっても良い」
「じゃあ最初にすべき事は?」
「言葉を覚える? いやその為にはあちらに協力してくれる人を見つけなければ」
俺の言葉にカンナが大きく頷く。
「私はアンタに協力して恩を売り、金持ちになって安全になったら向こうに観光に連れて行ってもらう。ついでにバンドメンバーみんなで行って、ビートルズを勝手にコピーして向こうの世界でロック革命を起こしちゃう。あぁ、異世界憧れるわぁ」
「碌でもない事考えるんだな。しかし、カンナさんはこの部屋までついてきちゃうほどだから、明日も一緒に飛んでくれるもんだと思ってたよ……。あぁ、異世界転移の最初の方って面倒くさいなぁ」
と言う俺を残して、カンナは彼女の実家へ帰っていった。
ちゃぶ台の上に残された魔剣……。
「これも現地人から盗んだ物だから、鞘の色とか変えた方がいいんだろうなぁ」
と剣を【収納】した。
明日は朝からカンナと買い物デートである。
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