第9話近くの巨乳より……

 がらんとした俺の部屋のちゃぶ台を挟んだ正面に、なぜか村尾カンナが座っている。ちゃぶ台の上のフラミンゴ餃子と焼売と炒飯、それに缶ビール越しの薄幸美人。


「あのさ……。さっきから井口さんの思考は3つの事を繰り返してるよ」


 と言いながら、カンナは餃子に箸を伸ばす。


「その餃子、俺が買ったヤツなのになぁ……」

「ってか、食べ方色っぽいなぁ。美人だし胸デカいなぁ」

「でも、なんで俺の部屋にいるんだ? 独身の男の部屋に女ひとりで来たって事は、それなりの覚悟はあるんだよなぁ……」


「って、その3つね」と漏れ出る俺の思考に、餃子を頬張りながらカンナが口を挟んだ。


「アンタが買った餃子は食べてるけどさ、店員がいる店に行けないアンタの代わりにビールやら酎ハイを買ってきてあげたでしょ」


 と3本目の缶ビールを開けた。

「アンタ呼ばわり……」


「それにね、アンタは私を襲えない」


「酒が回ってきたからだろうか、瞳がとろんとしてエロい」という俺の言葉は無視してカンナは続ける。


「ひとつ。むっつり男は隠さなきゃいけない事があるのに、隠し事が出来ない呪いに掛かっている。事情を知っている協力者はできるだけ少ない方がいいから、私に悪い事はできない」


「頭良いなこの女。薄幸美人だけあって、人生経験豊富そうだもんな」


 無視しつつも俺を睨むカンナ。


「次に神様の存在ね。ここでの立ち振舞いは能力を授けた神様に見られている。ってアンタは知っているからね。

 三波春夫先生の『お客様は神様です』って言葉の本当の意味は、『目の前の人間の客よりも遠くの神様に恥ずかしくない接客をしなさい』だものね」


「へぇ〜、よく知ってるな」と俺は缶チューハイを開けた。


「最後に……、私は小6まで剣道と柔道の道場に通わされてたから、あなたひとり相手なら簡単に締め落とすぐらいはできるからね」


 カンナがビールを煽る音が、静かな俺の部屋に響いた。


「うーん、酒で座った瞳で睨まれるとぞくりとする。

 柔道か……後ろから絞め落とされる時って、背中におっぱいの柔らかさを感じられるんだろうか? 

 って、前から気になってたんだけど横四方固めの時に決められた肘を電マみたいに震わせたら、気持ちよくなるのかな? 

 あっ……、俺の思いは全て伝わるんだった。こんな若いが電マなんて知ってるワケ……」


「うるっさいっ‼︎」と、カンナがテーブルに叩きつけた空き缶が甲高い音をたてる。


「……アンタの頭にはエロしかないの?」


「うひっ、コレは三十男の部屋に若い女の子が無防備にいるのが悪い。俺のせいじゃない。

 そうだっ【健康な体】も要因かもしれない。

 あっ……もしかしてコイツ電マ持ってる?」


 キリッと睨みながら、短く「出せ」と言い、カンナがローテーブルの上を片付け始めた。


「えっ? ファスナーを下ろせばいいの? それともパンツまで脱いだ方が良い?」


「違う! あっちの世界でアンタが収納した例の剣を出せってこと。アンタがエロいこと思うせいで話が進まないのよ」


 静かな部屋に語られる俺の思考。

 この部屋には沈黙がない。


「ここは素直に従った方が良さそうだぞ……。コレだけ頭が回る女が参謀で使えれば、俺の難題だらけの『異世界行ったり来たり』も捗るはずだ。

 近くの巨乳よりも、遠くのケモ耳だ。

 ……ここは我慢ですぞ」


 と言いながら、異世界産の剣を剣帯ごとテーブルに乗せた。

 ど真ん中に片手剣が横たわる。


「綺麗な細工ね」とカンナが剣を手に取る。


「あっ……」


 動きを止めたカンナが、その場でまばたきを繰り返す。


「ごめん、私この魔剣の主になっちゃったみたい……」


 …………


「てへって可愛い顔で誤魔化されてもなぁ。しかし魔剣ってなんだよ、魔剣て……」

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