第6話 フラミンゴ餃子にて

「発見!」


 俺がネットで見つけたのは餃子と冷凍担々麺の無人販売店【フラミンゴ餃子】。

 家から150メートルほど離れた場所にあるドラッグストアとコインランドリーが固まってる場所にある。


「って、ポンポコpay対応してんのかよ。俺のこの30分を返して欲しいわ」


 自転車の鍵を【収納】から取り出し、エレベーターの下ボタンを押す。

 エレベーターが上から来て扉が開くと、すでに中に人がいた。

 線の細い神経質そうなおばさんが、おめかしして小さめのカバンを腕にかけている。


「あっ、ヤバっ、余計な事言っちゃいそうなんで、一旦部屋に戻ります。って言っちゃったわ。今の無し、おばちゃんは悪くないです。悪いのは神様の呪いのせいです」


 と俺の説明が終わる前に扉が閉まった。

 閉まりゆく扉の奥で、明らかに不安な顔をするおばさんがいた。


「……エレベーターも乗れねーのかよ、がここは3階だ。大丈夫、これから俺は手ぶらの人生だ。しかも【健康な体】で階段を登っても息があがらないだろうし。プラマイでいえばプラスだろ、たぶん……」


 階段を降りて、誰もいない駐輪場から愛車を取り出す。


「名付けて、『自転車で素早く移動すると、俺の独りごとは誰も気にしない作戦』」

「作戦名は長いが、完璧な作戦だ。今の時代、スマホのハンズフリーで話している人間なんて沢山いる」

「独りごとをいう人間には寛容な社会なんだ。問題は独りごとの内容を理解されること。ならば自転車で早く走り、話の全容が明らかになる前に逃げるのだ……」

「って赤信号かよ、ヤバい女子大生っぽいのが近づいて来た。しかも2人。ショートボブとセミロング。見たらダメだ。俺は必ず判定しちゃうだろう。彼女にするならどちらか、結婚するならどちらか、どちらと…………」

「ナイス、青信号。チラリとお姉さんを見て……、眼福。この場からズラがるぞ」




 その無人販売店【フラミンゴ餃子 小舟町店】ドラッグストア併設である。夕方の今の時間、仕事帰りの人もいて、店の前の駐車場の空きを待つ車が道端でハザードを焚いている。


 俺は餃子店のガラス戸を開けて店内に入った。


 貨物列車のコンテナくらいの大きさの店内に、ガラスドアのついた冷凍ケースが並んでいる。12個入りの冷凍餃子のパッケージが7〜8種類、台湾風担々麺、カニと小海老でご飯を真っ赤に染めたフラミンゴ炒飯などなどが冷凍ケースにぎっしりと詰め込まれていた。


「どうせどれを選んでもそこそこ美味いし、値段に見合った美味さかっていったら首を傾げてしまうんだろうけど……」

「そんな事よりも早く買い物を済ませて、誰にも会わずに不審に思われずに帰る事が重要。明日の朝になればこの呪いは一旦解けるんだから、さっさと買い物を済ませるぞ」


「呪いって何?」


 右後ろから声をかけられた。

 薄い水色のパーカーを羽織った、明るい髪色の若い女。


「美人……。幸薄系の男運無さげ……。でも酒好きそうで、ガールズバンドならベースだな。間違いない

 って、あぁどうやってこの場を乗り切るかだな。正直に話して頭がちょっとおかしい人って事になれば許してもらえないだろうか

 よく見ると胸デカいな。あぁ彼氏いるんだろうな、バンド仲間のドラムの男と付き合ってたりするのかな。夜のリズム隊なんつって」


「うるっさい!」


 女が巻き舌気味に一歩近づいてくる。


「やっぱり美人……踏まれたい」という俺の心の声を無視して女はまた声を荒げた。


「あんたの呪いがそのおしゃべりに関係してるのはわかるけど、本当にうるさいのよね。私の幸薄なのは自覚してるのよ」


「いやに素顔を強調するなぁ、確かにバリバリのメイクをして冷凍餃子の店にくる女の方が引くからな……」


 漏れ出る妄想を無視して、女は俺の顔をピシッと指差す。


「だけどムカつくのは『ガールズバンドならベース』ってところよ。いい?ベースもベースなりに固定ファンがいるのよ」


「長い指、短い爪。本当にベーシストか?大学の軽音学部かなんかか?いいなぁ、俺も学生時代ギター弾いてたんだけど……って誰の曲やってんの? 俺らは【ハルノアシオト】の第1期とかコピーしたりして……って、俺こんなに話しちゃっていいのか?」


 女は我に帰った俺を見て、ぷっと吹き出した。


「ウチらもアマチュアの頃は【ハルノアシオト】のカバーはしてたな。でも2期の曲だけど」


 と少し悲しそうに微笑んだ。


「……何か悩みがあるなら、おじさんが聞くぞ。見ての通り、秘密は守れないけど

 厄介そうな悩みを聞かねばならん苦痛と、美人とお話しできるチャンスを比べたらもちろん……美人だよな。

 でも俺の異世界に【転移】できる秘密とか、【無限収納】とかもバレちゃうかもしれないし……って話してる? 

 今の待った。なしだなし、聞かなかった事にしてくれ」


 と言う俺の思考を聞いた女は、俺の手を取り隣のコインランドリーへとズカズカと歩いていく。

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