第3話 親父にもぶたれたことないのに が正解

 派手に尻もちを打ち転がり落ちた場所は、異世界ものの第一話にいかにもありがちな草原だった。


「揺れる樹々、心地よい風、あぁ、ついに来てしまった異世界」


 俺の思いが口からダダ漏れる。


「まず探すのは水か、あるいは盗賊に襲われる馬車か」


 まわりを見回す俺が感じたのは、焦げ臭さだった。


「何かが燃えている? 賊に襲われる村、あるいは紛争地? もしかしたら、冒険者が殲滅に向かったゴブリンの集落かもしれん」


 空を見上げた俺は、遠くに昇る黒い煙を見つける。


「危険なのはわかっちゃいるが、俺には【転移】があるんだ。見に行きたい気持ちには逆らえませんぜ……」


 草原を囲む林の獣道を、焦げ臭さのする方へと進む。




「足が軽いぞ、さすが【健康な体】」


「しかし、考えた事が口から漏れるというのは意外とうるさいものだな。普段は自然に考えている事ってこんなにもあるって事か。これは面倒くさい」


 ぶつくさつぶやきながら林を抜けると、少し低い窪地に木の柵と木製の門が見える。



「文明だが…………、ありゃなんか残酷な場面だな」


 そこには戦闘直後の生々しい景色が広がっていた。


 慌てて俺は体を伏せて、ちょこんと顔だけ出して見守る。


 死体が何体か。

 開かれた門の前に手足を固定されてうずくまっている捕虜たちと、それを囲む鮮やかな旗印を立てた兵士たち。


「生々しいな、どちらも人間っぽいから、紛争とか盗賊狩りって感じか? あの女子大生曰く、第一異世界人って好奇心旺盛なお人好しじゃなかったか?」


 先ほどまで一緒に神様の前にいた女子大生の事を思い出す。


「そういや、最初は苦労するが後々幸せになるって占いが出てたけど、最初の苦労って奴隷に売られるとかだったら嫌だな」


 などと感情を漏らしていると


「tjdavjvm!」


「ほらやっぱり、戦闘中ならまわりを警戒する兵士もいるよなぁ」


 振り返ると、俺の首筋に槍を突きつける若い兵士がいた。





 俺は広場の捕虜たちと同じ木製の手枷をはめられる。


「半円状の二つの穴が開いた木の板を、上下にはめて手錠の代わりにする奴か……。こんなのファンタジー小説かエロ動画でしか見た事ないやつだわ……」


 手枷はロープで繋げられていて、他の捕虜と列になって移動させられる。


「ヤバいな、転移のクールタイムってまだ終わらないのか?奴隷の入れ墨とか入れられたくないぞ」


 などと独り言が止まらないと


「kuvacugn!」


 とよく分からない言葉で、捕虜を引率する兵士が俺に注意を入れてくるが


「たぶん黙れって意味だろうけど言ってる事がわかんないんだよ。ついでに俺は静かに出来ない呪いなんだよ。って言っても分からないか……っていうかお前口臭いぞ。あぁ、ヤバい。周りの奴らも汗臭い」


 話だけではなく、ジェスチャーを交えて説明するが、わかってくれてはいないだろう。

 手枷を繋ぐロープが木製の板にカタカタと当たる音が、悲壮感漂う捕虜の列に響いた。



 口を閉じない俺の喋りに我慢出来なくなったのか、兵士は俺を平手打ちする。


「大した事ないな……。さすが【健康な体】叩かれた直後から痛さが引いていく。あぁ、こういう時は『お父さんにもぶたれた事ないのに』だっけ? いや『親父にも叩かれた事ないのに』だったか? それとも父親? ぶたれた? 叩かれた? あっちに帰ったら確…………」


 兵士は俺の口に布をこじ入れる。物理手に黙らされる気か?



 この布も臭え、と俺の感情が漏れたが、周りにはフゴフゴとしか聞こえなかったんだろう。

 

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