第2話 【転移】と【無限収納】が欲しいんです
『では、一番左の井口さんから』
突然名前を呼ばれてどきりとする。
欲しい能力が書かれたボードを立てようとする俺に、対面の神様たちと同じ並びの人間の視線が集まる。
俺はのんびり失業中のアラサーだ。こんなに興味深々の視線を集めたのはいつ以来だろうか。
「えーっと、皆さんがどうか知りませんが、私が好きなラノベのジャンルはズバリ【行き来モノ】です」
俺がボードを立てずに話し始めたので、部屋着女が少し引いているようだ。
「異世界と現代日本を行き来しながら両方でゴタゴタに巻き込まれつつ、両方の世界の女の子と仲良くしたい。つまり必要なのは、【転移】の能力と、できれば【無限収納】です。なので、私が欲しい3つの能力は【健康な体】【転移】【無限収納】でお願いします」
ドンと立てられたホワイトボードには【健康な体】の下に書いた【異世界言語理解】の項目に二重線を引いて取り消して、そこに【転移】を書きその下に【無限収納】とかかれている。欲しい能力を確実に得る天才的な作戦である。
「ずるいな」
「うわぁ」
「ちっさ……」
同じ並びの日本人から心の声がもれた。
俺は畳み掛ける。
「異世界言語ってさ、主人公のための能力じゃなくて、読者と作者のためにある能力だと思ってるんだよね」
4人の神様が揃って斜め上を見て何か考えている。
「言葉は努力で何とかなる。だから【転移】と【無限収納】で俺に異世界と現実世界を行き来しながら、「やれやれ……」って口癖のスローライフ送らせてください」
俺は両膝に手をついて、対面に座る神様に頭をさげた。
綺麗なお辞儀、俺が大卒以来10年の百貨店店員として身についた技術である。
まぁ、その百貨店は先々月閉店したのだが……。
『半ば無理矢理連れてきた手前』
『あなたの希望も聞いてあげたい』
『ですが、他の相手との公平さにも欠けるので』
『軽い呪いをかけちゃいまス』
そう言って一番小柄な神様が、3枚のカードをババ抜きみたいに差し出してきた。
『さあ、引いてください』
『しょうがないから私たちはあなたの望みを叶えます』
『痛みや身体的な不都合はありません』
『ちょっと生活が不便になるくらいの呪いでス』
にこりと微笑む神様を見ていると、俺がこんな行動に出ることは読めていたのかもしれない。
くそ、やっぱり【異世界言語理解】でお願いします、とは言い辛い。
「じゃあ、コレで」と真ん中のカードを引く。
【転移後12時間、思った事が口から漏れ続ける】
「何だコレ、転移後12時間って……それ以降は静かに出来るって事か? 大変そうだがやりようはあるな。っておい、今も思ってる事が口から出てるぞ、ああ視線が痛い。そうかここに来て12時間経ってないからな。確かに俺も大人気ないと思ったよ。でも、【転移】と【無限収納】は必要なんだよぉ」
と喋り続ける俺を無視して発表は続く。
俺の隣、がっちり筋肉スポーツマンの番である。
「俺の望みは望んだ時に【俺以外の世界のスピードが100分の1になる】です」
「張りのある自信に満ち溢れた声だ。確かに自分の身体的なスピードを上げたとしても、視覚や脳の判断力が追いつかないと宝の持ち腐れだもんな。俺強えってやりたいのなら、最適な能力なのかもしれん」
俺の心の声解説に神様と女子2人がなるほどぉと声を上げる。
「無職の暇さを舐めては困る」
という俺の声にちょっと困った表情をした。
次は部屋着女子の番である。
「私が欲しいのは【コピー能力】です。一度目撃した魔法や特技をすぐにコピーできる能力が欲しいです」
「なるほど、それは万能だな。弓矢や剣術だけじゃなく、製薬や錬金や鍛治なんかにスキルが割り振ってある世界なら、間違いなく食いっぱぐれのない人生になりそうだ。だが苦労して習得してないから、MP切れでぶっ倒れそうでもある」
俺の説明を無視して発表会は続く。
次は女子大生の番。
「私が欲しいのは【対象物の過去、現在、未来が見える】能力です」
「うわ、汚い。【鑑定】と【未来予知】のどっちも取りかよ。この女賢いな。でも美人で賢くていい学校行ってそうなのに、何でこんな所にいるんだろう? もしかして、女子アナとして就職内定してたテレビ局がアソコだったとか……」
「違います!」
怒った女子大生が睨みつけてくる。
「やばい。美人に睨みつけられるの…………気持ちいいわ」
「ふんっ、あなた、特別に占ってあげたわ。散々苦労はするけど、幸せにはなれそうよ。それと、白砂糖は錬金術で作れるらしいし、香辛料やコーヒーもダンジョンから採れるらしいよ、残念だけど」
そう言って彼女は神様の方を見て「面倒くさいからとっととお願いします」と言った。
次の瞬間、ふっと女子大生は消えた。
スポーツマンは「陸上を諦めた俺が、また全力で走れるのが嬉しいんです」と手を振って飛び立った。
部屋着女子はなぜか「ありがとうございます」と俺に頭を下げてきた。
「さてはさっきの女子大生の能力、コピーしやがったな。くそ羨ましい。収納魔法は見せないぞこの野郎」
俺の言葉を聞き終わる前に部屋着女子も消える。
「結局、アイツは裸足のままなのかな?」
『サンダルを与えています』
『井口さんに呪いについてもう少し補足します』
『【転移】の能力にはクールタイムがあります』
『現代日本に1日以上居続けると、伸びた分だけ呪いの時間に加算されまス』
「確かに、無制限に日本で無限収納使われると大変な事になるだろうしな。あっ、でも、残りの呪いのカードって何だったんだろう。どうでもいいけど、もうここに来ることもないだろうし聞いときたいな」
と思っていると神様が残りのカードをめくって見せてくれた。
「【転移後6時間勃起】【転移時に30本髪の毛が抜ける】……地味にどっちも嫌だな。ん? 逆に考えると、6時間SEXしまくれるかもしれないのか。いや、やっぱり嫌だな。アソコをおっ勃てたまんまで魔物との戦闘とか…………」
俺のダダ漏れの思想に我慢できなかったのか、神様が俺を異世界へ飛ばした。
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