Overdo Live!〜【LIVE】千歳のエルフ、かわいい妹(後輩)と配信者の頂点を目指します!?〜

一畳一間

第1話「千歳のエルフ、妹見つけました!」

──北海道札幌市中央区某所。


 居酒屋のお通しはポテトサラダが一番だと思ってた。


 滑らかな舌触りと、混ぜられたきゅうりの歯応え。味の濃さもとしてピッタリだ。

 モヤシの辛い和え物なんかとは格が違う王者。

 子供の頃は『なんか弁当についてくるな。紫の漬け物よりマシか』くらいにしか思ってなかった。今にして振り返ると、しば漬けにも失礼な子供だ。

 しかし、お酒が飲めるようになってからのサークル飲み会で再びポテトサラダと出会い、その美味さに魅了された。


 でも、たった今、ポテトサラダ王国は崩壊した。哀れ王座から陥落したのだ。

 この店は、先輩に誘われて初めて来たお店だった。

──黒おでん。

 魚醤ぎょしょうの粉末をかけた、真っ黒なおでん。その色黒はよく沁みた証。噛むとすんなり歯が入っていくほど柔らかく煮立てられており、出汁の濃さが頬に染み入る。熱々ではなく、ほどよい温かさというのも嬉しい。


 喉を鳴らしてビールをあおる。八月も下旬に差し掛かっているが、昨今の異常気象のせいで残暑が続いていた。

 気づけば、先輩が来る前に頼んだビールは残っていなかった。通りすがりの店員さんにおかわり、そろそろ来るであろう先輩の分も併せて二杯分のビールを追加注文する。フライドポテトと枝豆と梅水晶、ついでに焼き鳥の盛り合わせも。

 酒の進むさかなを大量に用意しておけば、先輩の財布の紐も緩くなろう。絶対に先輩におごらせる。自分はゴチになるのだというイメージが肝要だ。


「ごめんごめん、結衣。遅れたー」


 タイミングを見計らったように、そんな声が掛かる。

 この声は先輩──新庄しんじょう涼子すずこさんの声だ。高校の頃からの先輩で、現在は一つ上の大学の先輩になっている。


「もー先輩。遅いです、よ……?」


 振り返る。そして固まる。

 そこにいたのは先輩だけど先輩じゃなかった。


「エルフが居酒屋に転生したぁ!?」


 エルフ。耳が長く先は尖り、光を受けてさらに輝く金髪。緑が基調になったケープ。その下にはブラウンのワンピース。

 それはもう、めちゃくちゃにエルフだった。漫画や映画でよく見るエルフが、そこにいた。


「やぁ〜ね、私よ。五十鈴いすずミオよ」

「いや、どちら様!?」


 新庄涼子さんですらなかった。

 こんなの先輩が異世界転生でもして帰還してないと辻褄つじつまが合わない。

 訳もわからないわたしを置いて、謎のエルフが対面に着席しだす。呆気に取られ、それを静止することも出来ない。


 ちょうど、追加で頼んでいたビールが運ばれてくる。店員さんは居座るエルフにノータッチ。えっ、わたしにしか見えてない存在……?


「気が利くわね〜。──かー! あぁぁぁ……うま。ゔっ」


 その優雅な出で立ちに似つかわしくない、百年の恋も冷めるオッサンムーブ。


「って、その『視察もそこそこに若い子連れてすすきの行った時の専務』みたいに汚ったねぇ飲み方は先輩……?」

「あら〜裏でこんな感じ歴戦の企業戦士に思われてたのね〜」


 間違いない。この変な返しは先輩だ。


「なんでそんな格好なんですか。ハロウィンには早いし、盆明けには帰っててくださいよ」

先祖にエルフが居るのかしらハーフエルフの方?」


 わたしは先輩がアホなことを言ってる隙に、手のつけられていない黒おでんの小鉢を掠め取る。

 お通しってのは注文できなかったりするから、実は貴重なのだ。確認したけどメニューにおでんとかなかったし。


「今日はね、ちょっとした告白と命令があって来てもらったのよ」

「お願いですらないんだ……」


 ちょっとした告白とはなんだろう。『部室に最強○説○沢全巻セットを置いたのは私なの』とかだろうか。地味にありがたいので感謝してしまうけど。


「実は私、配信者なの。さっき言った五十鈴ミオ名義で活動してるわ」

 これは実写動画で使う撮影用衣装ね、と先輩は続ける。

 いや衣装で居酒屋に来るなよ。


「あぁ、でも本当に先輩なんですね。やけにフレンドリーな一般のエルフではなく」


 自分で言っておいてなんだけど、一般のエルフってなんだろう?


「当たり前でしょ? 見ず知らずのエルフじゃないわよ」

「見知ったエルフが居てたまりますか……」


 今しがた一人出来てしまったけど。


「もう! そんなに疑うなら調べてもいいわよ」

「なんでそんな上から長命種目線? まぁ一応調べますけども……」


 先輩から打ち明けられた真名、バーチャルとしての彼女『五十鈴ミオ』で検索をかける。


「いやトラックじゃねーか!」


 トップに表示されたのは小型のトラックだった。


「いや、なんか夜中の高速ばりにトラックばっか出てくるんですけど」


 右も左もトラック。工業地帯か。

 あ、これってが……。そういうことか。だだ被りしてるじゃないか。


「あ、それ私の愛車よ。でも異世界転生にはつきものなんでしょ?」

「異世界転生モノでトラック転生装置をキャラとして見てる人なんて居ませんよ?」


 更に下へスクロールすると、今の先輩に似たエルフ耳のキャラクターが出てきた。

 それなりに配信サイトに入り浸っているわたしが聞いたこともない企業だから、結構な零細企業かもしれない。差し引いても企業勢というのはすごいけど。


「あっ、ホントだ。五十鈴ミオ、公式プロフィールですねこれ。えーと"千歳のエルフ"……?」


──フェルトリオン学園に通う三年生。魔法はてんでダメ。弓は引けない。いわゆる落ちこぼれ。そんな彼女を変えたのは一つの魔法。ある時、偶然見つけた魔導書で身につけた配信の魔法だった。他のライバーによる配信を見て『このレベルなら私だって出来るわね!』と活動を開始した。

 以上、株式会社オーバードライブ公式ホームページより抜粋。


 めちゃくちゃに舐め腐った理由で始めてる。仮にも企業勢ならオーディションもあっただろうに、よく通過したなこんなの。

 いや、こんなのが通過するような会社だから零細企業なのか?


「野暮な話かもですけど、こういうのって外見ガワが決まってから中身を決めるんですよね? 先輩ゴブリンがよくエルフになりましたね」


 馬子にも衣装とはよく言ったものだ。今日のコスプレ先輩は心なしか清楚に見える。まぁ五十鈴ミオの設定に関しては先輩が尾を引く──どころか足と後ろ髪を諸手もろてで引っ張るストロングな悪霊スタイルで邪魔しているが。


「あぁこれ? ちょっと担当さんとがあったのよね」

「あーですよね! じゃないと先輩がエルフなんないですもんね。蛙の子が鷹を産むくらいビビりましたもん」


 おたまじゃくしは飛べないよね。


千歳ちとせのエルフ乗りって送ったのが千歳せんさいのエルフって誤読されちゃって……」

「これって『秋名のハチ○ク』的な異名だったんですか!?」

 先輩の地元は確かに千歳だけど! あのトラックに確かな実用性と需要はあるけど、そんな感じに名乗る車じゃないでしょ!


「でも少し安心しました。この配信業どころか人生舐めてる動機も勘違いなんですね」

「そこだけは書いた熱意が先方にハッキリ伝わったわね」

「かいたのは恥ですよ」


 通すな、こんなのを。呆れながら、大皿のフライドポテトをひとつまみ。わたしは何もつけない派である。


「あぁぁ〜……やっぱいいわねぇ。キレあって。キレる若者だけあるわ」

「ビール飲んだ時の『あぁ〜』で感嘆を兼ねないでくださいよ。人としてどうなんですか?」


 大して年齢差のないわたしに向かってそんなことを言う先輩。……人が飲んでるの見るとまた飲みたくなる。次に店員さんが通りかかったら追加で注文しよう。


「その腕を見込んでのお願いよ。私の相方になって欲しいの」

「えっ、めちゃくちゃ嫌です」


 地獄だ。引き受けたが最後、オンもオフもなく先輩から可愛がりダル絡みを受ける羽目になる。


「ちなみに、こちらが今月の収入になります」

「どうしてもっと早く誘ってくれなかったんですか? わたしと先輩の仲なのに、水臭いじゃないですか。お供しますよ先輩」


 地獄の沙汰も金次第。あと加えて言うなら、身バレを知らされた以上、断ったらタダじゃおかない気もする。

 ……あと、どうせ先輩に付き合わされるなら、お賃金が発生した方がアド──!


「乗り気じゃない。結衣──いえ、エルガ」

「エルガ……? ひょっとして、それがわたしの名前なんですか?」


 口にすると不思議な感じがした。これから、自分を表すことになる三文字。とても日本人離れした響きのそれには、まだ馴染めそうにはない。


「えぇ。あなたは……。生意気にも成績だけは優秀で笑いのセンスが終わってる、私の大事な妹よ」

「『大事な妹よ』って言葉、意外とマイナス打ち消せないんですね。めちゃイラっとしましたよ」


 フィクションで耳にする『可愛くないけど大事な子よ』は、まだ可愛げのある悪口だからいい。だからその後の愛で印象が反転して許せるのだ。先輩の邪悪口からのいい台詞はもう神経を逆撫でしてる。


「まーともかく、詳細やら日程の連絡は追ってPINEパインでするから」

「えっ、帰っちゃうんですか?」


 帰り支度を始める先輩。駆けつけの一杯くらいしか口にしておらず、フードには手もつけてない。


「えぇ。お願いしに来ただけだから。──はい、これ。お釣りはいらないわ」

「そんな、先輩──って待てや! これ野口千円だぞ!?」

 先輩はまたベタなボケをかまして、そのまま脱兎の如く逃げた。


──先輩への恨み言をボヤきながら小一時間飲み食いし、領収書の宛名を『五十鈴ミオ』で切ってもらった帰り道。


 ふと思い出した。


 新しい自分。先輩ミオの妹にあたる『五十鈴エルガ』。その名前に、いったいどんな思いが込められているんだろう。


 先輩から──ミオから貰った名前を検索タブに入力する。


「いやバスじゃねーか!」

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