「注意報」
『以上、全国各地の警報、注意報となります』
店の中の点けっぱなしのテレビからニュースが流れてきた。
テレビを見なくなって久しい身の上では、キャスターの声が新鮮に聞こえる。
着の身着のままに、入ったことの無い中華屋で、遅めの昼食を取っていた際の、どこにでもある出来事。
到着したラーメンを啜りながら、テレビをぼんやり眺める。
ラーメン。
人類の口の永遠の友、とさえ言われる国民食。
ゆえに、感想は、
(――――不味い)
町中華という言葉もあるが、結局は当たり外れの世界。
(…『不味いラーメン屋注意報』とかあれば、助かるのにな)
とはいえ、それは【報】にはならない。
良くて口コミだ。
今使われている【報】は、予想できる脅威について事前に報せ伝えておくこと。
加えて、どうしようもないから備えといてくれや、くらいのニュアンスだ。
不味いラーメンの事前情報は分かる。
でも、どうしようもない、というほどの脅威でもない。
情報があれば、そもそも入るなって話よ。
そんないちいち役所が不味いメシに対して注意喚起をしてたら、とんだ恐怖政治だわなコイツは。
そんな下らない思考を巡らせながら、とりあえず不味いスープを多量の胡椒で誤魔化しながら麺をほおばり終え、最低限の食事の仁義を守る。
勘定が現金オンリーなのは風情というか、味も含めて総合的に考えると単なる時代遅れなんだろうなコリャ。
店を出てニュースで流れてた、ここの注意報をぼんやりと思い出す。
「ああ…。今回もあの注意報ね」
最近は結構な頻度で発せられる。
半ば日常茶飯事になってしまいそうな、市民への呼びかけ。
予想はできるが、どうしようもない、注意喚起。
夕暮れ時だが、陽も落ち切ってもいない時間。
家に向かって歩き出すが、腹に抱えた食の不満を思うと何か口直しを収めたくなる。
少し遠回りの上でコンビニに寄っていくことにする。
食休みも兼ねて歩いていると、何か既視感のある風景を目にする。
入ったことの無い中華屋が、また見つかる。
(…そういえば同じような感じで、さっきの店も見つけたんだよな)
住み始めて半年ほどの町だから、探索がてらに色んな食事処に立ち寄ったりしている。
思いの外この町には美味いメシが転がっていた。
その中で外れを引いてしまったのが、さっきの中華屋だ。
慚愧の念に堪えないが、もう一度中華でリベンジしようとも思わない。
そもそも不本意な満腹感を覚えているので、一食分を追加で胃に入れたくない。
未来の自分に、この店への挑戦権を譲る。
店を素通りし、コンビニがあるであろう方向に歩いていく。
(――――……えぇぇぇ…)
また中華屋が見つかる。
もちろん、暖簾も店構えも違う店なのだが、またもや中華屋だ。
意外とこの辺は中華の激戦区だったのかもしれない。
それにしては初めの店のレベルは何だったんだ?
飲食の競争原理が働いていないのか、他には何か裏があったのか。
そう思うと目の前にある中華屋のレベルに興味が湧いてくる。
ここは美味いのか、そうでないのか。
だがこの店は、おかず一品だけ頼んで許される店なのだろうか。
例えば店主が偏屈だけど味は絶品とかだったら、もう二度と店の敷居を跨げない。
そんなギャンブルは打てないので、諦めてコンビニの軽食で勘弁しておくことにする。
頑張れ、未来のオレ。きっと今のオレが逃した大魚を、釣り上げられるはずだ。
コンビニのある大通りと、ここの位置取りを再確認して心機一転動き出す。
距離的に次の曲がり角でコンビニだ。
夕日の赤色が進む方角から煌々と道を示している。
そしてコンビニがあったと思しき場所には、
――――また中華屋が居を構えていた。
呆然とその場に立ち尽くす。
これはどうしたことなのか?
ついこの間まであったコンビニはどこに行ったのだ?
遠くから聞き覚えのない音が聞こえる。
――――ゴーーーンッ……。
鐘の音だ。
かつて昔に聞いたことがあるような、日暮れを告げる音色。
住み始めてからこの方、そんな鐘が鳴っているところなんて、聞いたことが無い。
そもそも、ここはあのコンビニがあった通りなのか?
ここは一体どこなんだ? どこに迷い込んだんだ?
ふと、思い出す。
先ほどのテレビで流れていた、注意報。
(あれは最近になって出るようになった――――【黄昏注意報】……)
夕方から夜に掛けて、【何か】が起こるかもしれないと注意を促す【報】。
陽が夜に切り替わる、この世とあの世が繋がるとされる【逢魔が時】。
その時に【何か】が起きていることが広く全国的に判明するようになって導入された、国家行政からの【報せ】。
やれ『急に周りだけ通信が圏外になった』だの。やれ『口が裂けたコートの女が出た』だの。やれ『自分そっくりな顔の人間に全速力で追い掛けられた』だの。
――――『入ったことのない中華屋に何度も出くわす』だの。
遠くからまた鐘の音が響く。
周囲を見回しても、人っ子一人居ない。
夕焼けの赤はずっと沈まず、目の前の中華屋の暖簾を照らしていた。
今この時、この場所では、店と自分以外の存在を排除したかのように。
これは店に入らせるという、おかしな力が働いているのか。
最初にあの見知らぬ中華屋に入ったのが、運の尽きだったのだろうか。
影が伸びる。不安が背筋を伝う。脂汗が流れる。
しかし現状を打破するため、意を決して店の入口に手を掛ける。
「えぇい! 為せば成る! どうにでもなれ!」
勢いよく引き戸を開ける。
店の中は古い蛍光灯が使われていて、寿命が近いのか薄暗かった。
客はオレ一人。
店主はカウンターで競馬新聞を広げながらボールペンでチェックを入れていた。
「…いらっしゃい」
無愛想な声を掛けられる。
一番手前のテーブル席に腰掛けて、メニューを開く。
中華屋らしい、ペトペトした触感がする。
水を持ってきた店主に注文を告げ、店の様子を一瞥する。
(これは、ノスタルジックというか、古めかしいというか…)
料理に入る前に、店主が備え付けのテレビをリモコンで点ける。
一通りチャンネルを回して、適当な番組を流しておく。
出された水はぬるかった。
やはり店先の時点で、もう少し躊躇すべきだった…。
仕方のない後悔が頭をよぎる。
しかし、ひょっとしたらひょっとすると、当たりを引くかもしれない。
心に防波堤を築きつつ、淡い期待を抱いてみた。
そうこうしているうちに料理が届いた。
備え付けの割り箸の束から一膳取り出し、それに手を付ける。
『以上、全国各地の警報、注意報となります』
店の中の点けっぱなしのテレビからニュースが流れてきた。
”テレビを見なくなって久しい”身の上では、キャスターの声が”新鮮に”聞こえる。
着の身着のままに、”入ったことの無い中華屋で”、遅めの昼食を取っていた際の、どこにでもある出来事。
到着した”ラーメン”を啜りながら、テレビをぼんやり眺める。
ラーメン。
人類の口の永遠の友、とさえ言われる国民食。
ゆえに、感想は、
(――――不味い)
町中華という言葉もあるが、結局は当たり外れの世界。
(…『不味いラーメン屋注意報』とかあれば、助かるのにな)
最近よく見かける【黄昏注意報】っていうのは、さっきテレビで見たけど。
出会ってみたいとは思わんが、”一体どんなものなのだろう”?
窓からは、赤くなり始めた陽の光が差し込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます