「落丁」
『いつ 大変お 話にな ておりま 。』
…まただ。
最近パソコンでメールを打つ際に、時々何故か文字が欠落する。
序文のビジネス用語を打つだけでも一苦労だ。
デリートキーを連打し、一文を削除して打ち直す。
『いつも大変お世話になっております。』
今度は問題無くタイピングが行なわれた。
しかし、大概にしてほしいものだ。
やる気がある時にこの現象が起きると、仕事をする意欲が萎えてしまう。
仕事の内容の本題部分に差し掛かる前に冷や水を掛けられた気になる。
いい加減、さっさと必要なことを打って、先方に送ろう。
『先日、ご連絡いたしました追加の案件につきまして、』
カタカタと軽快に打ち出していく。
ふと、キーボードに当てる爪の長さが気になってしまった。
あとで切っておこうと、画面に目を戻す。
『先日、ご 絡いた まし 追 の案件 つきま て、』
(………)
ムキーーーーーーッ!!!
こういうとこやぞ!! 本当に腹が立つのは!!
一体どこの誰がこんな嫌がらせしとるんだ!?
PCのバグか!? 何かのウイルスか!? リアルタイムハッキングか!?
なんにせよ、ムカっ腹が立ってしょうがない!
俺は、さっさと、このメールを送って、飯を喰いたいの!
ベシベシとメール文面を修正、追記して、1本の業務伝達メールを仕上げる。
今度は目を離さないように、誤字、脱字をチェックして、送信ボタンをポチリ。
変な何かに文字を食い荒らされた様子もなく、スムーズに送られる。
というか、このPC、買い替えるか。
打ってる文字が化けるとかなら納得いくけど、欠落するってどういうことよ?
丁寧に欠落部分に を入れちゃってよ。
どう考えても悪意に満ちている。
ウイルスだとしても、作った奴はどんな神経してたら、こんな仕様考えられるんだ。
呆れつつも感心してしまうわ。
そんなくだらないことを考えていたら、先方から電話が入った。
『もしもし、お世話になっております』
「あ、どーも。お世話様です。先程のメールの件ですか?」
『えぇ…、はい。いただいたメールの内容なんですが…』
「電話でお聞きしましたお話をメールで文章化しましたが」
『いえ、それが…、文字化けというか、表記バグというか…』
嫌な予感がして、速攻PCの返信メールを見る。
相手方の返信メールで引用された俺のメールは、あの歯抜け文章だった。
「…失礼しました…。再度送りますので少々お時間を」
『いやいや。何とか読んでみることも出来ましたが、どうもデータ上のバグではと思われますので…』
「申し訳ありません。では改めてお送りします。失礼します」
プツリと電話を切った。
満面の笑みを浮かべて、PCのモニターを見つめる。
「鉛玉ブチ込んでやろうかーーーー!!! この糞パソコンーーーー!!!」
送信履歴を開くと、確認した文章がしっかりと欠落されている。
…絶ぇ対に、明日PC買いに行ったる…。
今からじゃあどうしようもないので、スマホでさっきのPCメールと同じ文面を打ち直して相手に送る。
(『先刻は失礼いたしました。』…)
今度はスクスクとフリック操作で文章を入力していく。
(滅茶苦茶めんどくせぇ…)
早くこの仕事のメール送って、冷凍のチャーハン温めて、氷を入れたジョッキにウーロン茶を入れて…。
昼飯の準備の工程を浮かべながら、メールを打っていく。
(『追加の画像データは、圧縮し お送りいたします。』)
あんなアホPCでも、俺の仕事データが満載なのだ。今日、そのまま叩き壊すこ も出来ないしな。
普段からバックアップを取っ けばよかったよ。やれやれ…。
余計な 費になったな…。とほほ…。
――――ちょっと待て。余計な費(ついやし)ってなんだ?
出費だよな? 出費?
壊れたパソコンを、買替えるんだよ ?
(「だよ?」? 誰に言ってるん )
――――「言ってるん」?
どこの方言だ?
ふと、文字入力をして たスマホを見直す。
『い もお世 になってお ます。先刻 失 いた ま た。先日 ご 絡い ま た追 の 件に き して、』
完全に本文の 字が抜けて、 面が崩壊し る。
何? 俺は、何 考 ている だ?
面(つら)が崩壊?
崩壊して のは、俺 思考だろ。
どうす んだよ。今、俺は を考え るのか、自 でもよ 分か な ぞ。
昼飯 うする?
好物のチャ ハンと、ウー ン茶。
腹 減って の 、頭 回 ない。
ょっと待 。本当 何も 考 ら なく なっ きた …。
俺の 考が、少 ず 、消え な なる 。
消 る。言葉 消え 。頭 中が消 。
――――俺が消え ――――
「…、なんだよ。送り直してきたメール、何も書かれてない空メールじゃん」
さっき電話した取引先相手からの連絡内容を確認したが、ただただ文字数を埋めるだけの空欄だけが送られてきていた。
再度注意しようと、また電話を入れるが反応が無い。
「まあいいや。締め切りまで時間あるし。データの送信エラーの対応してるんだろ」
おおよそ楽観的でいられる程度には余裕がある。
「さて。コーヒーでも入れるか」
置いてあるコーヒーメ カーからカップへ、作り置 のコーヒ を注 だ。
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