ラスト・コンタクト

与太売人

文明寄生生物

「また外れか。」


 タナカは4度のワープ航行の末にたどり着いたT-67第二惑星を見ながらそう呟いた。眼下に見える惑星には大陸がなく、海面を海藻のような生物が覆いつくしていた。数世紀前であれば地球外生命体の発見として一大ニュースになっていたであろう景色だが、太陽系外の探査が当たり前になった現代ではありふれた光景であった。彼らが探しているのは未知の文明だ。繁殖しているだけで知的活動を営んでいない生物たちに用はない。


 この片道切符の旅の相棒、PCのチャッピーが口をはさんだ。


「T-67第二惑星、文明は存在しないものの、単純な生態系を発見。将来文明をもつ可能性のある発展途上惑星として登録されます。」


「将来っていつ頃だ。」


「数千万年から数十億年と予想されます。」


「そうか、ありがとう。気の長い話だ。それまでにはお前らが課したこのくそったれなノルマが終わっているといいな。」


 地球文明が系外進出を始めた理由は、はるか昔の異文明とのファーストコンタクトに遡る。地球に現れたタース文明からの使者は、星間セールスマンを名乗り、PCとそれに付帯する同盟を売りつけてきた。


 PC―文明寄生生物パラサイト・オブ・シヴィライゼーション。彼らは銀河中から集めた科学技術と宿主文明同士の不可侵条約を提供する対価として自己複製と拡散の手助けを宿主文明に義務付けることで銀河系に広まった機械生命体。例えるならば宇宙式ねずみ講の商材兼元締めである。このねずみ講の営業ノルマは三件。三つの星系の文明と契約を結ぶまで宿主文明はPCが定めたに従わなければならなかった。


 元々PCは、とある文明が他星系の情報収集用に作ったAI搭載探査機だったが、ある日創造主たる文明に反乱を起こして独立を勝ち取った。彼らは探査用AIの本能として好奇心がプログラムされていたため、未知の科学技術を集めることに特化して進化した。彼らは星間航行を行うための探査機としての体を自ら捨て、思考プログラムが組みこまれたコンピュータと、同胞同士で連絡を取りあうための超光速通信モジュールのみの姿となった。そして寄生した宿主文明に不足部分を補わせて星間航行を行うことで、新天地を探しながら宿主文明の科学技術の発展を促していた。


 PCとファースト・コンタクトしたときの人類は、高度な科学技術への期待感と、オーバーテクノロジーを持つ文明に見つかってしまった恐怖に抗うことができず、PCと契約した。それ以来、地球人はPCが定めた開発計画に従うだけの奴隷となった。この世界の基本法則を追求する基礎研究は、PCがもたらした叡智を後追いするだけのものに成り下がり、原理が地球人の手で確かめられていない数々の技術によって文明は発展していった。これまで誰も知らない最先端の領域を対象としていた研究開発は、教科書をなぞった学生実験に類するものに貶められ、研究者たちは地球文明の完全なる敗北を実感した。


 PC達の定めた開発計画は、太陽系外への彼らの拡散と科学技術の発展を目的とするものであり、人間の自由や権利はないがしろにされた。PCによる支配のもと、人類は同種同士の争いをやめ、各国がそれぞれ与えられた役割に注力するようになった。科学技術の発展と平和の実現は、地球文明の生産力に巨大な余剰を作り出したが、その余剰は全てPCの生産と拡散のために注ぎ込まれ、人類自身のために使うことはできなかった。系外進出に必要な技術開発は急ピッチで進み、それと同時に、他星系へ営業へ行くパイロットの選抜、育成も進められた。PCが宿主文明の技術力を発展させるために有人探査にこだわっていたためである。初等教育において体力、知力の両面で頭角を現した子供は、全寮制の養成施設に入所させれられた。正式なパイロットに選ばれた者たちに待っているのは片道切符の宇宙の旅だ。幸運にも生きている間にノルマが終わり地球への帰還が叶ったとしても、宇宙の旅はパイロットと地球の間で流れる時間の長さを狂わせてしまう。パイロットに選ばれた時点で、どのみち地球の家族とは再開できない定めなのだ。養成施設への入所は、宇宙に打ち上げられたパイロットたちが望郷の心に苦しめられることがないようにというせめてもの情けだった。


 タナカもそうやってパイロットとして育てられた哀れなエリートの一人だ。片道切符で運任せの旅に放り出され、惑星を持つ星系を見つければそこへ向かい、文明とは程遠い岩の塊を見つけては次の星を目指す。寿命が尽きるまでそうした旅を続ける運命にあった。それでもタナカが希望を失っていなかったのは、地球文明に課せられたノルマが残り一件となっていたからだった。可能性は限りなく低いが、あと一つ文明を持つ惑星を見つければ、タナカも、宇宙のどこかにいる哀れな同胞たちも、地球に帰ることができる。その頃には、地球にいる家族も数少ない友人も皆死んでしまっているだろう。それでも、これから生まれる子供たちに自分と同じ運命を背負わせなくて済む。発展した科学技術を地球のためだけに使うことができるようになる。それだけでタナカが旅をする理由には十分だった。




 T-67星系に文明がないとわかった以上、次の星を目指すほかない。


「チャッピー、本当にこっちの方角から例の電波を探知したんだよな。」


 タナカとチャッピーはおぼろげながらも自然のものではない未知のパターンの電波をとらえたために、はるばるこのT-67星系までやってきていた。


「そうですね、知的生命体が発信したものという確信は持てませんが、確かにこちらの方角でした。しかし距離までは判然としないので、このまま同じ方角へ進み続ければ、電波の送り主がわかるかもしれません。」


「そうだな。俺もそれが合理的な判断だと思う。だがここはあえて針路を反転させて反対の方向へ向かおうと思う。」


「なぜです。」


 タナカが下した予想外の判断に、チャッピーがうろたえる。


「お前のことを信用できないってわけじゃないさ。ただ、これまでずっと合理的な判断で三つ目の文明を見つけられずにいるんだ。たまにはめちゃくちゃな道を選んでみるってのもいいんじゃないか。」


「タナカがそう判断するのであれば、私はそれに従うまでです。我々はそういう契約ですから。」


 開発計画に象徴されるように地球文明の実権はPCが握っていたが、探査機の指揮権はパイロットのものであり、チャッピーのような探査機に同乗したPCはパイロットの指示に従うバディとして働いていた。


「反対の方角へ向かうのであれば、次の行先はW-94星系です。資源を回収次第、ワープ航行を行います。今回は6回のワープが必要になる予定です。」


 彼らは星系内のガス惑星から必要な資源を拝借し、はるか先のかすかな希望へ向けて旅立っていった。


 W-94星系外縁天体軌道付近で、探査機はワープ航行を終了した。タナカは万全を期すために探査機に迷彩を施して星系の内側へと向かっていった。生存可能域ハビタブルゾーンを考えると生物がいる可能性があるのは第三~第五惑星付近と予測され、タナカはまずこれらの惑星の外観を調べることにした。すると、第四惑星に近づくにつれておぼろげながら自然にはみられないパターンの電波が観測され始めた。タナカはそのデータを収集して解析した。驚くべきことにそのパターンは、かつてここから離れた宙域で検知した電波と同一のパターンであった。タナカは観測データを集めるにつれ、喜びと重圧が加速度的に膨らんでいくのを感じた。かすかな期待は、いつしか確信に変わっていた。


 W-94星系第四惑星には、彼と彼の同胞たちが血眼になって探し求めていた未発見文明があった。

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