青春と冒険と現実逃避 第一話 ギャグと青春の旅立ち

 「碧斗あおと~、タクシー来たわよ~!」


 俺が出かける支度をしていると、母親がのんびりした口調で玄関で大声を上げていた。


 俺は受験勉強の追い込みを前にして、高校最後の夏休みをどこかの無人島で過ごす。

 受験勉強のことはすっかり忘れて友達たちとのんびり過ごそうと話し合って決めて、今日がその出発の日というわけだ。


 のんびりと言っても、もちろん少しは勉強をするが、一日中勉強ばっかりというわけじゃあない。

 キャンプでのんびり過ごしたあとは、また寝る間も惜しんでの受験勉強が始まる。

 地獄の苦しみの前の、束の間の休息というわけだ。


 その言い出しっぺの友達っというのは、いわゆる「お金持ち」の坊っちゃんで、名前は辻出 菊次郎つじで きくじろう

 俺の唯一の男友達で、親友というか悪友。

 その菊次郎が金持ちの気まぐれからなのか、奴の提案で始まったキャンプ計画であった。

 もちろん男二人で無人島生活を濃厚に過ごすつもりなどなく、女子も二人誘ってあるのだ。


 みんなで一緒にネットで色々調べた結果、その無人島でキャンプするには上陸申請じょうりくしんせいをして特別な許可も貰わないといけないらしい。

 ということを知って、俺たちはいったん途方に暮れた。

 現地の役場に何度も足を運んで計画の説明やらなにやらをするわけにもいかないし、どうしたものかと何日か頭を悩ませていた俺たちだった。


 しかし一週間も経たないうちに菊次郎の家の執事、どこかで聞いたことあるような名前の瀬蓮せばすさんに菊次郎が相談したら、その名前に恥じないすばらしい執事ぶりを発揮してくれて、あっという間に申請を代行して手続きをとどこおりなく完了させてくれたというわけだ。


 瀬蓮さんは、菊次郎に言わせれば秘書と執事の中間で、ほとんどは会社で父親の秘書として辣腕らつわんを発揮しているということだ。

 仕事が終わると一緒に帰ってきて、執事モードになるということらしい。


 で、その島は熊本から小さな船で八時間弱の島で、島民全員が島を去ったあとは、無人島になっているとのことだった。

 自治体の役場の人によると、島民が住んでいた頃の集落の跡があるが、台風などの自然災害や、泥棒などの被害でほとんどが崩壊してしまっているらしい。

 ということを瀬蓮さん経由で菊次郎が聞いてきたということだ。


 なので、テントとキャンプ用具一式を、着替えなどのかさばる荷物と一緒に宅配便で送ることにした。

 菊次郎の親が経営する辻出物産の現地事務所へ送っておいてもらったのだ。

 公私混同が過ぎるとも思うが、菊次郎の父親が同族企業の社長なのだが、その社長のツルの一声で問題なく処理されたらしい。


 そこから島に向かう船が出航する港まで荷物を運んで積んでもらうことになっている。


 (マジ助かるありがとう菊次郎のお父さん……)


 そんな感謝の念波ねんぱを菊次郎のお父さんに送っていると、今度は現実の念仏のような母親の声が聞こえてきた。


 「碧斗~、お財布持った~? 忘れ物ない~? ちゃんと食べるのよ~? 怪我したらスマホで連絡するのよ~? スマホ持った~? 充電器は~? ほらお弁当~、みんなの分もあるからね~? それから~……」


 (ああもう!)


 「全部持ったよじゃあ行ってくるね」


 と半ば呆れたように棒読みで答えると、母は間髪入れずに、


 「気をつけるのよ~! 生水飲んじゃだめよ~! 危ないことしないでね~! それから~……」


 小さな子供じゃああるまいしと、虫歯が痛みだしたときのような顔でタクシーに乗り込むと、なにかの呪いのように話し続ける母親の声をシャットアウトするように、タクシーのドアは閉まった。


 「○△□駅までお願いします」


 運転手にそう告げると、タクシーの窓から流れる町並みをぼんやりと見つめながら、これから始まるキャンプ生活に思いをめぐらせていた……


 しばらく走ってタクシーが駅に到着したが、電車の到着時刻までもう五分もない。


 「ピッ」


 急いで改札を抜けてホームへの階段を駆け上がると、ホームにはこれから一緒にキャンプをする友達が二人、大きな荷物を脇に置いて俺を待っていた。


 「おそーい!」


 わざとらしく口をとがらせて文句を言ったのは法本 理音ほうもと りおん

 バスケをやっており、すこぶる長身でショートカットの髪を「ビールで洗ってみたんだ!」と言って薄っすらと染めている。


 (彼氏どころか浮いた話の一つも聞いたことがないというのに色気付いて何の意味があるのやら……)


 理音はこの三年間、一直線に部活に打ち込んでいて、恋愛など眼中にないように見えた。

 部長として、キャプテンとして活躍していたが、今はもう後輩にバトンを渡してほぼ引退状態だということだった。

 なので、この夏休みはこうしてみんなと一緒にキャンプにいく決断をしたというわけだ。


 しかし本当は、後輩部員や次期部長が理音の熱血ぶりにウンザリしていて、喜んで送り出したというのが真相なのだが、理音本人は全く気づいていない、ある意味、超がつくほどの鈍感娘でもある。


 長身で男前、サバサバした性格で、女子からの人気は、これも超がつくほど絶大だ。

 同級生、後輩どころか、去年までは先輩方やOBまでもが(噂では新任の女性教師まで)教室や体育館、試合にまで押し寄せるという、ある意味、伝説的な百合枠でもある。

 もちろん超鈍感な本人は無自覚でフツーに接するから、相手に《もうだめスキぃ……》と状態異常をかけてしまったりしているのだ。


 そして、控えめに見てもバランスのとれた顔と体は、男どもの関心を引くのにも充分なようだった。

 今まで何度も教室までやってきて、それはそれは悲しい顔でスゴスゴと帰って行った男子を、それこそイヤというほど見せられたものだ。

 まぁそのほとんどが、つき合えたらラッキーというような軽い奴らばかりだったが……


 高校入学の時は身長が一七五センチくらいと言っていた。

 しかし悔しいが、今では百七十九センチの俺の方が二,三センチ負けてるかもしれない。


 そんな理音と俺は、中学からの腐れ縁だ。

 同じクラスで話をしたこともなかったが、体育のバスケの授業で試合形式でゲームをしていて、チームが負けそうだったので俺がちょっと本気をだしてプレイしていたところを見られて、理音のほうから話しかけてきた……それ以来のともだち、だ。

 菊次郎と同じで、何でも話せる数少ない友人でもある。


 「……そんなに怒らなくても……電車はまだだよ、理音ちゃん……」


 理音の顔をおそるおそる覗き込みながら、消え入るような声でなだめているのは天野 夕花あまの ゆうかだ。

 調理手芸部でいつも色々作って楽しそうにしている。


 去年の冬には手袋とマフラーを俺と理音と菊次郎に作ってくれたのだが、

 「動きやすさと通気性が……」どうとか言って編んでくれたものは、その動きやすさと通気性に全振りの、防寒性がまったくない珍品だった。


 本人はぬくぬくと着ぶくれていて、とても動きやすさと通気性が優れた格好とはいえないのだが、なぜか俺たちに渡した物の出来上がりには満足してたようだった。

 菊次郎などは喜んでいたが、俺と理音はひきつりそうな微妙な笑顔で喜んでみせるしかなかったのは言うまでもない。


 あるいは、ときどき試食会と称して、少々(いや、だいぶ)独創性が斜め上の料理を毒……味見させられていて、舌と内臓を鍛えてもらっている。


 あるとき食べさせられたカレーには、正露丸的な、何かの薬のような独特の香りがしたが、本人曰く、“秘伝のスパイス”なのだそうだ。

 何度かその正体を聞き出そうとしたが


 『……ひみつ……』


 と、はぐらかされてばかりで、その正体は未だに明かされていない。

 その強烈な香りの物体が、まるでグランドキャニオンが大噴火したかのような──(いや、一枚岩が噴火するわけないけど)──そんな衝撃的なビジュアルで、山盛りで運ばれてくるのである。


 夕花という女の子は、その可愛さと一生懸命さが盛大に空回りしているように見えて、実はしたたかに細かいジャブをビシバシ打ってダメージを与えてくる、とっても恐ろしい子なのだと俺は思っている。


 理音とは幼稚園からの幼馴染らしい。

 本人に言ったら傷つくだろうが、長身で男前の理音とは対照的で小柄で愛いらしい、リスか子犬みたいだ。

 おそらく天然であろうが、うっすらブラウン気味の黒髪で、短い髪をふわっとボブカットにしているのがとても似合っていると思う。


 背は小さいくせに、ある部分だけ万有引力が集中してるレベルで発達してて、歩くたびに俺の脳裏に(F=G・m1m2/R2)の数式が浮かぶ。……質量、ヤバすぎ。


 (ありがとうニュートンさん)


 俺はそれを目撃するたびに、彼に神のように感謝の言葉を捧げるのだった。

 以前に理音から聞いた話では、夕花にはこれまで何度も泣かされてきたという。


 『夕花ちゃんはね……本当はね……すごく怖いの……』


 あのときの理音の顔は、普段の無敵の理音のそれではなく、なにかにおびえているような、今まで見たことのない表情だったことを俺ははっきり覚えている……


 (あの理音を泣かせあそこまで怯えさせるとは……)


 詳しい話は聞けないでいる(理音も話したがらない)。


 癒し枠の俺達のヒーラーだと思っていた夕花――だが俺の直感は告げていた。


 (このメンバーの中で最恐のラスボスは、もしかして彼女なのかもしれない……)


 「……だいたい碧斗はいっつも遅いんだから……」


 俺が女子たちを品定めしているのを察したのか、理音が不満タラタラに文句を言う。

 理音がブツブツと文句を垂れ流していると、遠くからこちらに向かってホームを走ってくる奴がいた。


 「はぁ、はぁ、はぁ」


 俺の目の前で息を切らせて膝に手をついているこのデ……横に体格がいい男が辻出 菊次郎つじで きくじろう

 小学校からの長い付き合いだ。

 いじめられていたところを助けてやってからコバンザメのようについてきて、いつも一緒にいるようになった。


 まぁ俺の唯一の親友と言っていいだろう。

 実はキャンプをしようと言い出したのはこいつで、(こいつの親が)スポンサーでもある。

 奴の家はいわゆる金持ちで、キャンプ用具や食料などを買った金もこいつ(の親)の財布から出ている。


 父親は辻出物産という社員二千人ほどを抱える中堅どころの商社の社長、最近で言うところのシーイーオー(最高経営責任者)である。

 ちなみに菊次郎という名前から想像できるとおり、蓮一郎れんいちろうという兄と桔三郎きっさぶろうという弟がいる。

 上下の兄弟はたいそう優秀らしく、よく自慢話を聞かされる。


 いっぽう菊次郎自身は勉強もスポーツも中の下といったところで、性格もおおらかというよりのほほんとしている。

 やはり育ちの良さは感じるが、優秀な兄と弟に挟まれてすっかり養分を吸われてしまったかのようなダメっぷりである。


 身長は俺より少し低いが横幅と体重はずっと大きい。

 指や腕は意外と骨太で、学校に相撲部はないが、少し痩せて柔道でもやればそこそこやれると俺は見ている。

 髪は肩までかかるセンター分けのウルフカットだ。

 ちなみに俺は短めの無造作ヘアー。

 二人ともヘアスタイルなどに興味はないので黒髪のままだ。


 そんな俺の名前は七河 碧斗(ななかわ あおと)十七歳の高校三年生だ。

 ちなみに俺なんか髪を洗った後は適当に手ぐしで整えて終わり、ドライヤーさえ使わない、髪も染めない地球に優しい超SDGs(持続可能)ヘアーなのだ。


 そんなわけで今から俺たち四人は、高校最後の夏休みを有意義に過ごしたい、と張り切って出発するというわけだ。

 そんな風に自分と仲間たちを評価していると、菊次郎が俺の知る限りの菊次郎を全身で体現したかのような、(F=G・m1m2/R2)を全身で現して、ぽよん、ぽよんとスローモーションのように全身の肉を弾ませながら、見事なダメっぷり走り(?)で近づいてきた……

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