第21話 医療行為みたいなもの
「薙ぎ払い、叩きつけ、尻尾っ! ふふっ、段々リズムが掴めてきたわね」
「ブレス来ますっ! 退避をっ!」
俺が見守る先で戦闘に集中している二人の声を、強化された聴力で捉えた。
二人の鍛錬を行うとなってから早数戦。
初めはキマイラへの恐怖に吞まれていた二人に手助けをしていたが、やっと気持ちの整理……というか吹っ切れ、慣れ始めたのだろう。
明確に動きの質が良くなり、俺が介入せずとも戦闘が成り立つようになった。
一人一人の力量で言えば、まだキマイラには及ばない。
しかし二人が連携したのなら上回ると言った塩梅。
來華が二剣を携えて踊るように近接戦を繰り広げ、後ろのシュナリアがキマイラの動きを視界に収めつつ的確に指示を飛ばし、魔術を放つ。
近接戦ではどうしても細かな動作を見逃しがちになってしまう。
キマイラのように大きな相手ならなおのこと。
その視野をシュナリアが補うことで來華は持ち味の速度を最大限活かしている。
そして隙を作ったところにシュナリアの魔術が刺さる、というわけだ。
「この短時間でこれなら上出来だろう。二人のセンスがいいのも大いにある」
ブレスを上手く躱し、無防備なキマイラへ剣戟と魔術を殺到させる二人。
何度か繰り返したサイクルの果てにキマイラも息を絶やし、魔石を残して消える。
「ふぅ……やったわね、シュナ」
「……案外、やればできるものですね」
魔石を回収し、喜びを分かち合うかのようにハイタッチ。
うむ、とても学生らしい青春だ。
景色がこんなにも殺風景じゃなければ、だが。
「淵神さん、見守っていただきありがとうございます。なんとか二人だけで倒せるようになりました」
「らしいな。おめでとう」
「もっと褒めてくれていいのよ? 余裕とは言い難いし、まだまだ改善点は多いけれど……少しは追いついたと思っていいのかしら」
「追いつくも何も二人は強いぞ」
「一人でキマイラを圧倒していた人に言われても嫌味に聞こえますからね?」
「嫌味じゃないんだが。二人には二人なりの強さがあるだろう?」
強みは人それぞれ。
俺は魔術がからっきしな代わりに武術体術を会得しただけのこと。
ともあれ、二人の戦力が増したのは喜ばしい。
この層を生きて脱出できる可能性が上がるからな。
キマイラは余裕だが、階層守護者もそうとは限らない。
「それにしても暑いわね……汗で服が張り付いて気持ち悪いわ。脱いじゃダメかしら」
「ダメでしょう……と言いたいところですけど、私も汗が凄くて。着替えを持ち込むべきですね」
「俺も暑いな。俺は脱いでも構わないが……二人が脱ぐのはどうなんだ?」
「ですよね……もしも他の人がいたら恥ずかしいですし」
「あたしも肌を見せるのは旦那様だけにしたいわね」
二人に恥じらいが残っていてくれて助かった。
もし脱ぎだしたら俺の理性が危うくなる可能性もある。
流石に何事もないダンジョンの中で盛ることはないと思うが……完全にないとも言い切れないのが悲しい男の性。
「属性付与でどうにかならないかしら。あたし、氷もいけるわよ?」
「やってみましょう」
「この暑さが改善されるならありがたい」
切実に求めるシュナリアに來華が苦笑しつつも順に魔術をかけた。
すると、程よくひんやりして、暑さが僅かに和らいだ。
「まあ、ないよりはマシね」
「……そうですか? 随分楽になりましたけれど」
「何事もあるに越したことはない」
「そうだけれど……歯がゆいわね。あたしにもっと魔術の才能があれば」
「それを言うなら私こそですよ。魔術師ですけど氷までは扱えませんし」
「俺は二人のように魔術は使えないからな。どんなものでもありがたい」
一つ確かなのは、ない物ねだりをしても意味がないということ。
これ以上を望むのは贅沢だ。
「二人も自信がついただろうし、そろそろ階層守護者の広間を探そう。シュナリア、案内を頼んでいいか」
「任せてください。ただ……その、戦闘で魔力を消耗していまして、ですね」
「血ならいくらでも吸ってくれ」
「えっと……今は緊急事態ですので、溢れた物を頂ければ」
「……それもそうだな。揃って催しては探索に支障が出る、か」
快楽を知った今、その欲求に抗えるかと問われれば怪しい。
間接的に血を摂取してもらった方がいいかと納得し、指を浅く斬って血を出す。
「こうやって血を吸った場合、シュナリアの方は大丈夫なのか?」
「……耐えられないほどではない、とだけ言っておきましょう」
指から滴る血をぼうっと眺めていたシュナリアが手を手繰り寄せ、小さく口を開けながら「いただきます」と指に舌先を這わせた。
「吸血鬼なのは知っていたけれど、こうなるのね。生存に直結した行動へとやかく言うのは違うと思うけれど……なんだかちょっとエッチじゃない?」
「吸血後は発情するからあながち間違ってもいないだろう」
「はぅっ……ん…………あのですね、私だってしたくて発情している訳ではないんですよ? 吸血鬼という種がそういう特性を持っているだけで――」
「吸血の発情はそうだとしても……シュナって普段からむっつりよね。いかにも清楚です~みたいな顔をしておきながら、旦那様とはやることやってるわけだし」
「悪いことではないだろう。健全な青少年的にも、探索者的にも、『第零』的にも、そういう行いは普通らしいからな」
「あたしも文句を言う気はないわ。それはそれとして、無我夢中で旦那様の指を舐めてしゃぶっている姿を見せられると……ね? まあ、見ているだけのあたしより、している本人の方が耐えられなさそうだけれど」
呑気に來華と話している間もシュナリアは指から口を離さず、すっかり指を咥えて口全体で舐っている。
暖かく、唾液でぬめる舌は少しだけざらついていて、独特の感覚だ。
指を舐められているだけなのにふつふつとその手の欲求が湧いてくるのは、シュナリアの表情と仕草が完全にその時のソレだからだろうか。
やがてシュナリアが口から指を放した。
唾液に濡れた指を名残惜しそうに眺めながらも、ふうと一息。
「……ご馳走様でした、淵神さん」
「補給できたならよかった」
「それはもう、存分に。……だって、仕方ないじゃないですか。こんなに濃厚で馴染む血はそうそうないんですよ?」
「シュナは誰に何の言い訳をしているの? 後ろめたいことがないなら胸を張ればいいじゃない。それとも……耐えられなくなっちゃった、とか?」
「……っ! …………そんなこと、あるわけないじゃないですか」
「本当かしら。……えいっ!」
「ひゃっ!?」
悪戯っぽく笑った來華がその手をシュナリアのスカートの中へ。
スカートが捲れ、肌にぴったりと張り付いている濡れた黒い下着が見えてしまう。
甲高い悲鳴に似た声を上げながらも必死に抵抗するシュナリアだが、膂力では來華に叶わず手の侵入を許していた。
「あれぇ? シュナの下着、こんなに濡れてるけど?」
「それ、は……っ! 汗、ですからっ!」
「本当にそうかしら。素直になった方がいいんじゃない?」
「素直にって、私は何も隠してなんかっ」
「旦那様の指をしゃぶってる時からあんなに顔を蕩けさせていたのに? 今だってそうよ。物欲しそうな目で旦那様を見てる」
「違っ……! 大体、ここは私たちの力では及ばない階層で――」
「旦那様から入学試験の時に処理したって聞いてるんだから。それに、力が及ばない階層なら、万全を期すためにも休憩は必要だと思うのよ。ねえ、旦那様?」
「まあ、そうだな」
これは來華が正しい。
実力以上の敵ばかりなら、常に体力気力は整えておかねば。
余計なことで集中力を持っていかれては不注意、死につながる。
「だから悶々としたものを抱えているなら発散した方がいいと思うのよ。そんな状態でまともに戦えるの? 迷惑にならないって言いきれる?」
「それ、は……」
「旦那様に頼り切りは嫌でしょう? あたしもそうよ。だから、自分を整えるの。……整えてもらう、の方が正確かしら。なんにせよ、その間は旦那様に警戒とかを一任することになっちゃうけれど」
「敵が近付いて来れば気配で気づく。何をしていてもな」
「らしいわよ、シュナ。どうする?」
來華がシュナリアを解放すると、顔を上げたシュナリアの目が俺へ向く。
吸血直後の紅い瞳だ。
やや蕩けたそれに逡巡を宿しながらも、意を決したかのように踏み出して。
俺へそっと身を寄せ、上目遣いに見上げた。
「……あの、ですね。これは心身ともに万全でいるべき、という意見に賛同しただけで…………私は耐えられると思っているんですけど、その」
「好きなだけ乱れていいぞ。どうせ見ている人は來華しかいない」
「淵神さん……っ! 折角ぼかしたのにそれはないと思いますっ!」
「旦那様は少しだけデリカシーを覚えた方がいいわね」
「善処するが……デリカシー云々を考えるならダンジョンの中で行為に及ぶのもどうかと思うぞ」
「医療行為みたいなものだからノーカンよ。こんなに蕩けてたら使い物にならないわ。ご主人様が直してあげて。……その後であたしも、ね?」
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