第4話 私が、推しグループの一員に⁉

「わ、私のお姉ちゃんが、どうかしたの?」


 うそついた事に触れられないように、お姉ちゃんの話題を振る。すると綾瀬くんは「何も知らないんだ」と、驚いた顔で私を見た。


「たぶんだけど俺、小鈴さんのお姉さん知ってるよ」

「え、そうなの?」


「っていうか、知りすぎてると思う」

「んん……?」


 綾瀬くんが、私のお姉ちゃんを「知りすぎてる」? 意外な発言に、ピシッと体が固まる。意味深な言い方に、ビックリしたっていうか……。チロリと横を見ると、もう足は平気なのか、綾瀬くんが立ちあがる。


「手当てしてくれありがとう、遅くなってごめんね。帰ろうか」

「う、うん……」


 キレイな夕日が沈んでいく。さっきまでは「キレイ」と思っていたけど……私、いま全然違うことを考えてる。


「小鈴さん? どうかした?」

「え、ううん! なんでもない」


 綾瀬くんと私のお姉ちゃんって、どういう関係なんだろう。綾瀬くんに「捻挫」という事件が起きた、その後。足が痛いにも関わらず、綾瀬くんは私を家まで送ってくれた。


帰り際、

『また明日ね、小鈴さん』

って黒髪をはためかせながら、笑顔で言ってくれた。あの姿……すごいカッコよかったなぁ。さすが、学年一モテる男の子!


「もっと早くから、たくさん喋っていれば良かったなぁ」


 ご飯も終わり、お風呂上り。髪の毛をタオルでワシャワシャ拭きながら、自分の部屋を目指す。


「綾瀬くんのこと、今まで〝雲の上の人〟って思っていたから……無意識の内に距離を取っていたんだよね」


 でも実際に話して見ると、すごく良い人だった。イケメンで、性格も良いなんて……そりゃ女子が放っておかないよ。その時、お姉ちゃんの部屋の前を通りかかる。中から「ん~」と、何やら呻く声が聞こえるけど……いつもの事だから、放っておこう。


 小鈴つむぎ、中三。私の、一つ上のお姉ちゃん。お姉ちゃんは茶髪のロングヘアーで、モデル体型で、すごく可愛くて、キラキラしていて、学校では「女子の憧れの的」になっている。確かに、学校で背筋をしゃんと伸ばして歩くお姉ちゃんはカッコいいんだけど……。


 実はお姉ちゃんには、とある秘密がある。それが――


「え~、あーそうくるかぁ。ふぅん」


 部屋の中で喋りまくる、という癖。この現象は半年前くらいから始まって、最初こそ「何してるの?」って聞いたけど、いつも適当にあしらわれて終わり。なんでもないよ~って言われるから、(気になるけど)もう聞かないことにした。


「でも絶対に誰かと喋ってるんだよねぇ……。相手の声は聞こえないけどさ」


 誰かと話してるような相槌にも聞こえるし、電話してるのは間違いない。のだけど……一向に相手を教えてくれない。だから私は、こっそり「彼氏が出来たんだ」って思うようにしてる。今日もしかり。お姉ちゃんは、部屋でうなってる。一応、お風呂を出たことは伝えておこうかな。


「お姉ちゃん、お風呂どうぞ~」

「この声は……ゆの⁉ ちょうど良かった、入って!」

「んえ⁉」


 突然開いたドアから、ニュッと腕が伸び私を掴む。そのまま部屋の中に引きこまれた。


「び、ビックリしたよ! どうしたの? ……って、なにこれ?」


 今までお姉ちゃんの部屋を見せてもらえなかったんだけど……入ってビックリ。だってディスプレイの大きなパソコンが置いてあるし、なんか座り心地よさそうな、背の高い椅子もある!


「なにこれ、なにこれ⁉」

「え、ゆの知らなかったっけ?」


 ここで、お姉ちゃんから「とんでもない発言」が飛び出る。


「私、動画配信をやってるんだよ。知ってるかな? Neo‐Flashっていうだけど」

「Neo‐Flash⁉」


 でもNeo‐Flashって、女性は一人だったよね⁉ じゃあお姉ちゃんって……!


「ステラ⁉」

「ピンポーン! 大正解。チャンネル登録よろしく~……って、おーい。ゆの?」

「あばばば……!」


 お姉ちゃんの手をガシッと握る。


「Neo‐Flashのファンです!好きなメンバーはノアです!」

「わー、ありがとー。ってか、今まで私が部屋の中で何をしてると思ったの? すっごいブツブツ言ってたのにさ」


「か、彼氏が出来たのかと思ってました……」

「彼氏……プッ! あはは! 残念、違う違う」


 茶髪のロングヘアを揺らしながら、お姉ちゃんは手を叩いて笑う。屈託なく笑う可愛いお姉ちゃんを見て、なぜか綾瀬くんを思い出した。


『小鈴さんって、お姉さんいる?』

『俺、小鈴さんのお姉さん知ってるよ』

『っていうか、知りすぎてると思う』


 綾瀬くんは、どうしてお姉ちゃんを知っていたんだろう。でもお姉ちゃんって学校では目立ってるし、可愛いし綺麗だし……綾瀬くんが知っていても、不思議はないよね。


 もしかして綾瀬くんって、お姉ちゃんのこと好きなのかな? もし、そうだったら――ん? なんで私、こんなに綾瀬くんのことを考えてるんだろう。お姉ちゃんが、推しが所属するグループの一員だって知った、こんな重要な時に!


「じゃあ、今までブツブツ言ってたのは……」

「撮影してたからだよ。パソコンとイスは、動画を取るために勉強してたら、私の成績も上がったから、お父さんお母さんがご褒美に買ってくれたの」


「えぇ! ズルい! 私もNeo‐Flashの動画見て、勉強がんばってるのに!」

「ノア推しってことは、数学が苦手なの?」


「そう、そうそう!」

「じゃあ、その数学の成績が上がったら〝おねだり〟してみたら?」


「うぅ……」


 正論を言われ、黙るしかなくなった私に、お姉ちゃんが不敵な笑みを浮かべる。


「ところでさ。ゆの、暇だよね?」

「え?」


「ちょっとこっち来て。お化粧しよっか」

「お風呂上りなのに⁉」


 バタバタ暴れる私を押さえ、お姉ちゃんは素早く私の顔に化粧を施した。しかも最後には、お姉ちゃんと同じ髪型のウィッグまでつけられて……。鏡を見ると、そこに写っているのは「お姉ちゃんの姿をした私」。喋らなければ、どこからどう見てもお姉ちゃんだ。


「えっと、すごい魔法だね……?」

「そうそうスゴイでしょ? 今から撮影が始まるんだけど、私の代役を探していたの」


「ん? 撮影?」

「初めの数分は私もついてるから、安心して。ゴメンだけど、向こう一週間は私の代わりをしてほしいの」


 瞳をウルウルさせて、私に「お願い」のポーズをしてくるお姉ちゃん。かわいい……じゃなくて!


「ちょっと待って! 撮影ってNeo‐Flashの動画撮影のことだよね? む、むむ無理だよ!」


 だって撮影には、ノアもいるってことでしょ⁉ 推しと一緒に撮影なんて、ありえないよ! 頭がパニックになる私とは反対に、お姉ちゃんは「ウチの動画を視聴済みで良かった~話が早いよ」と満面の笑みを浮かべる。


「Neo‐Flashの動画を見てるなら、ステラの立ち位置とか、話し方とか分かるよね?」

「そりゃ何となくは……でも見てるだけ、と、実際にやる、は違うよ!」


 荷が重いって!と反論すると、お姉ちゃんはコッソリ私に耳打ちする。


「推しのプライベート、興味ないの?」

「ひ……!」


 そんな爆弾ワード、卑怯すぎるって! 推しのどんな小さな事にも、興味あるに決まってるじゃん!


「……ん~、でもさぁ」


 でも、それってNeo‐Flashの皆を騙してる事になるよね。私とお姉ちゃんが入れ替わる、なんてさ。 Neo‐Flashの皆のプライベートを、私が秘密裏に覗き見してるわけでしょ?


「それはやっぱり、悪い事っていうか……」

「ゆのったら」


 お姉ちゃんが、私の頭を優しく撫でる。


「ま、欲がないのが、ゆのの良い所か。大丈夫、この際だから言っておくけど、例えバレてもメンバーの皆はゆのを責めないよ。っていうか、責められるのは私だし?」


 アハハ、と笑ったお姉ちゃんは「それより」と、眉を下げて私を見る。


「私は、メンバーのプライベートを見ても、ゆのがドン引きしないか心配なのよ」

「え、それって、どういう……」


「ファン、辞めないでね……」

「?」


 すると、パソコンからピロンと音が鳴る。画面の端に「Neo‐Flashルーム、解放しました」と通知が表示されていた。


「あ、ルームに集まる時間だ。さあ、ゆの。行ってらっしゃい!」

「えぇぇ!」


「あ、カメラはパソコンの真ん中についてるからね」

「動画も撮影するの⁉」


「急に〝動画に切り替えよう〟って事もあるのよ。今日は〝音声だけ〟の日だから、たぶん大丈夫だけどね」

「行き当たりばったりすぎるって~!」


 だけど、あれよあれよと言う間に、私はフカフカな椅子に座らされる。その間に、画面の端に「ノアが入室しました」と、新たな通知が表示された。


「ひぃぃ、っていうか私パジャマ!パジャマなんだけど!」

「はい、これに着替えて!」


 バタバタな準備が終わった後。私に深呼吸をさせた後、お姉ちゃんが入室ボタンを押す。わぁ、もう始まっちゃうの⁉


 ドキドキする私の前に、Neo‐Flashルームの共有画面が出る。パッと画面が切り替わった時、いつも動画で見ているイラストが、ズラリと並んでいた。

 

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