第3話 帰り道のハプニング

「嫌?」

「い、嫌じゃないよ!」


 でも学年一モテる綾瀬くんと私が一緒に帰るなんて、他の人に見られたら何て噂がたつか!……いや、逆に噂にもならなかったりして?


「う~ん……」

「――ふっ」


 私のジレンマを見越した上で、綾瀬くんは「大丈夫」と。校舎の裏側を指さした。


「裏道から帰ろう。そうすれば人目につかないから」

「う、うん」


 人目につかないんだ、よかった! ……ある意味、ドキドキもするけど。でも初めて綾瀬くんとたくさん喋れそうだし、一緒に帰るのが楽しみだな!


 なーんて。思っていたけれど。無事に学校を出て岐路についていると、綾瀬くんに緊急事態が発生した。


「小鈴さんって、好きな人がいるの?」

「え?」


「ごめん。さっき〝カッコイイ〟って呟いてたのが聞こえて」

「あぁ! 一人でブツブツ言って、完璧に変な人だったよね。実はね、推しがいるの」


「推し?」

「Neo‐Flashのね、」


「Neo‐Flash」と言った瞬間。ゴキッ、って音がした。見ると、隣を歩いていた綾瀬くんの姿が見えない。後ろを振り返ると、彼は片膝を立て、足首に手を添えていた。


「え、まさか捻った⁉」

「いや……大丈夫」


 大丈夫、と言いながら、なかなか立ち上がらない。綾瀬くん、本当は痛いんじゃ?


 心配していると、綾瀬くんは「よし」と。長い深呼吸の後、決心して立ち上がる。


「ほら、大丈夫」

「えぇ……」


 ほら、と自信満々に言われても、顔の横にきらりと光る冷や汗を見つけてしまう。本当は捻って痛いのに、無理して立っているんだ!


「綾瀬くん、ちょっと待ってて!」

「え、小鈴さん!」


 バビュンと音がするほど砂埃をあげ、猛スピードで近くのコンビニへ駆けこむ。そして湿布とテーピングを買って、綾瀬くんの元へ戻る。スマホで動画を見ながら、テーピングを巻き巻き。少し赤くなっている。腫れなきゃいいな……。


「テーピング下手でごめんね」

「迷惑かけて本当にごめんね」


「え?」

「ん?」


 わあ、言葉が全部カブっちゃった! もう一度「ごめんね」と言って見上げると、すぐ近くに綾瀬くんの顔があった。切れ長の瞳の中に、驚いた私が写っている。そんな私を見て、綾瀬くんは「すごい顔」と。くしゃりと表情を崩し、無邪気な笑顔を浮かべた。


「!」


 初めて見る綾瀬くんの表情に、すごい速さで胸が鳴る。やっぱり綾瀬くんって、イケメンだ……!


「おーい、小鈴さん?」

「んぎゃっ」


 なかなか反応しない私の頬を、ミーと横に引っ張る綾瀬くん。


「わぁ⁉ すごい顔が、もっとすごくなっちゃうからダメ!」

「ん? もっと可愛くなるってこと?」


「逆だよ、逆! 見れたもんじゃないってこと」

「ぷっ、なにそれ」


 黒い髪が、風に揺られてそよいでいる。私……今まで知らなかったけど、綾瀬くんってこんなに柔らかい雰囲気の人なんだ。こんなに優しく笑う人だったんだ。今日、一緒に帰れて良かったなぁ。


「そういえばNeo-Flashの中で誰が好きなの?」

「ノアくん! 頭がよくて、カッコイイんだよ~」


「……」

「ん? 綾瀬くん、足だけじゃなくて耳が赤いけど、どうしたの?」


「……いや」


 なんでもない――そう言って綾瀬くんはサッと顔をそらした後。何事もなかったように、再び私へ目をやる。


「ちなみになんだけど、ノアと会ったことある?」

「んぇ⁉」


 いきなりの質問に、心臓がバックンバックン! 私は「ノアと会った」と思っているけど、あくまで私の推理だし……ここは黙っていた方がいいよね?


「あ、会ってないよ。ノアは顔だしNGだから、きっと誰も会ったことないと思う」

「……ふぅん」


 切れ長のアーモンドアイが、再び私を見る。さっきよりも、真剣な顔つきだ。こ、今度は何を言われるんだろう……っ。ゴクン、とツバを飲みこむ。


「ここからは正直に答えてほしいんだけど、小鈴さんってお姉さんいる?」

「……んん?」


 綾瀬くんが真剣に聞いてきたのは、私の姉妹の有無。私には一つ上のお姉ちゃんがいるから、コクリと頷く。


 っていうか、さっき「ここからは正直に答えてほしい」って言った?さっきウソついた事がバレてる⁉

 

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