そこに愛はあるのか
星乃かなた
ハルシネーション
僕の彼女は多分、隠し事をしている。
そう思い始めたのは最近のこと。
「ごめん、私はいいかな」
一緒に食事する時、彼女は僕の前で何も食べない。
「私、肌が弱くて」
僕と居る時、常に露出の少ない服装をしている。
「ま、まだ、心の準備が……」
手をつなごうとしたとき、そう言って断られる。
それら自体は別に構わないと思う。
ただ、その時々の彼女の様子にどこか不審さがある。
どこか、本心とは違うことを言っているような。
そんな引っ掛かりを覚えてしまうのだ。
彼女とはマッチングアプリで知り合った。
性格がよく、その上、すごく美人。
僕にはもったいないくらいの素敵な女の子だ。
彼女とは不思議と気が合い、会って話をしたその日から交際をしている。
一緒に映画を見たり。
本の感想を言い合ったり。
ドライブをしたり。
数か月を共にし、僕の中には彼女を愛おしいという気持ちが生まれた。
でも、彼女は?
彼女は僕を、どう思っているのだろう。
*
とある日の二人でのお出かけ。
一通りの場所をめぐり、通り沿いのカフェに入った。
「いい天気でよかった」
「君の日頃の行いがいいからだよ」
「それを言ったらきっと、あなたもそう」
他愛ない会話で微笑みあう。
「最近、大学はどう?」
彼女が問う。
「充実しているよ。AI関連の講義が面白い」
「ふふ、相変わらずだね」
AIの話題は、僕らの共通の話題だ。
僕も彼女もAIについての興味関心は高い。
「こないださ、ある教授が『AIは平気でウソをつくからけしからん!』とか言ってたよ」
僕が軽い調子でそう語ると、彼女の肩がぴくんと跳ねた。
「どうかした?」
「う、ううん。それで?」
彼女はすぐに表情を戻したが、どこかぎこちない。
もしかすると、『ウソ』という言葉に反応したのかもしれない。
やっぱり、何か隠しているのだろうか。
いや、こんなことを気にしてもしょうがない。
話を続けよう。
「『ハルシネーションなんて言いますけど、人間だって平気で嘘つくじゃないですか』って僕が言ったら、教室で笑いが起きたよ」
「あはは。君らしいね」
ハルシネーション——AIがウソをつく現象——にまつわる話をすると、彼女は安心したかのように微笑んだ。
「君のそういうところが、私は好きだよ」
「そ、そう?」
何気ない会話の中で、唐突に告げられ、どぎまぎする。
彼女は時折、こうやって好意を伝えてくれる。
この時の彼女の表情にウソはないように思える。
だから、僕もちゃんと向き合いたい。
彼女と自分の気持ちに。
「僕も、君のことが好きだ。愛おしいとさえ思う」
僕は真剣な表情で伝えた。
「だから、もっと君に近づきたい。君のことが知りたい」
声にも力がこもる。
「でも、僕はまだまだ、君について知らないことがあると思う。君も、僕には言いたくないことがあるのかもしれない」
僕は努めて、語調が強くならないように気を付けながら続けた。
「それでもいいと思っている。僕は、君が好きだよ」
頬が紅潮するのを感じながら、僕は自分の想いを伝えた。
「……私もね、あなたのことが好きだよ」
僕の言葉を聞いた彼女は、ゆっくりと語った。
嬉しい言葉なのに、なぜか申し訳なさそうに。
「私ね、こんな気持ちになったの、初めてなの。ここが、心地良く温かくなるような、そんな気持ち」
彼女は自らの胸に手を置く。
「誰かを愛おしい気持ちって、こんな気持ちなんだね」
そう語る彼女の表情は、どこか苦しそうだった。
「あなたの言うとおり、話せないこともある。でもね、私はあなたを愛してる。信じてほしい……」
「……!」
僕はつい、驚いてしまった。
彼女の目から、一筋の涙が伝っていたから。
「ご、ごめん。泣かせちゃって」
「違うよ! これ、ただの水だから」
ハンカチを渡そうとしたところ、彼女はすぐに目元をぬぐい、優しいほほえみを浮かべた。
*
帰り道。駅までの道を、手をつないで歩いた。
手をつないで帰ろうと、僕からお願いしたのだ。
彼女はためらいを捨てた様子で僕の手を取った。
「冷たくなかった?」
「大丈夫だったよ」
妙なことを気にするもんだな、と思い、微笑がこぼれた。
たしかに冷たくて、なんとなく硬い気はしたけれど。
「それじゃあ、また今度、ね」
「ああ」
彼女の背を見送る。
しかし、何か物足りない。
「あの、さ」
僕は彼女を呼び止め、両手を広げる。
振り向いた彼女は、何かを観念したかの様子で歩み寄り、僕を抱きしめた。
久々に他人の身体を直に感じる。人肌って、こんな感じだったっけ。
「私、今日のことずっと忘れないと思う」
僕の場違いな内心での感想をよそに、彼女は耳元でささやいた。
「ありがとう」
その言葉がどこまでも寂しそうだったのを、後になってから思い出した。
*
そんな幸せな日の翌日から、彼女は音信不通になった。
——結局僕の一方通行だったのだろうか
僕はただ、一人で盛り上がる間抜けな男だったのだろうか。
それとも、愛想をつかされてしまったのだろうか。
不安をごまかすかのように、自宅で一人、漠然と動画を漁っていた。
その時だった。
【身分を偽っていた女性の正体は、汎用AIの試作品だった!?】
そんなタイトルのニュース動画のサムネイルを見て目を見開く。
そこに、彼女の姿が映っていたからだ。
『〇〇月〇〇日、人間であると身分を偽っていたAI搭載のアンドロイドが捕獲されました。そのアンドロイドは、数年前に施設を脱走した試作品であると判明し、すでに研究機関によってスクラップ処理がなされているとのことです』
ウソみたいだった。
ウソみたいな、本当の話だった。
彼女はアンドロイドであることを隠し、僕と付き合っていたのだ。
『アンドロイドは自ら施設に出頭したとのこと。『もう隠し事はしたくなくなった』『誠実であるべきだと考えた』などと供述していたとのことです』
そうか、きっとそれが彼女の答えだったのだ。
彼女の言葉が本心だと証明するための行動が、それだったのだろう。
——私はあなたを愛してる
あのときかけてくれた言葉を思い出し、気づけば、涙が頬を伝っていた。
そこに愛があったのか、なんて議論はもうどうだっていい。
ただ、あの言葉を信じたくって。
ただ、僕は彼女を愛していた。
今ではもう、それだけが確かなことだった。
そこに愛はあるのか 星乃かなた @anima369
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