第20話 アポリヨン
アクパーラ2 中央管制室
『オゥホゥ、では、本当に遺跡を発見したと?』
スポンサーのねっとりとした声が、通信コンソール越しに問う。
「ええ、間違いなく。撮影された映像にはっきりと映っていました。十年前とまったく変わらぬ様子でね」
フランツの握り拳が遂にここまで来たと興奮で震える。
『エクセレント! 素晴らしい。教授、やはりあなたにプロジェクト指揮をお任せして良かった』
スポンサーが声を弾ませて、フランツを褒め称えたが、その言葉はフランツにとって空虚なものだった。
「とんでもない。全てはあなた方の資金提供のおかげです。私一人の力では、この再発見は不可能だったでしょう」
フランツは謝辞とともに小さく一礼をした。患い老いた彼には、名声や賛辞はすでに無用のものだった。彼が今求めるのは、海底遺跡の真実だけだ。
『なんのなんの、こうして結果を出してくれているのですから、安い投資です』
スポンサーは笑い声を上げた。
『それで? この後どうなるのですかな』
「遺跡を詳しく調査します。それには生身での活動ができるようにする必要がある。そのために、水抜きのための装置を組み立てさせています。スタジアムという装置をより巨大にしたものです」
『エクセレント! 実に素晴らしい。ふふっ、もっとこうして話していたいが残念なことに時間のようだ。それでは教授、これで失礼します。情報の漏洩にご注意を。それでは』
そう言い残し、通信が終了した。
残ったフランツは、車椅子の電動アシストを起動させ、発掘作業の進捗確認の向かった。
コンソールのオペレーターは、その背中を見送ってから、警備システムの操作を開始した。彼は、フランツのスポンサーから直接派遣されてきたスタッフの一人だった。
アクパーラ2 最下層
「なあ、いったいいつまでこんな事を続けてるんだ?」
ドレッドヘアーの労働者が、近くの同僚に向けて呟いた。白い複合材の接合作業を開始してかれこれ七時間になる。
「知るもんか。オレはそんなことよりも、早くシフトが終わってほしいね。一回の勤務で十二時間なんて、イカれてるよ」
頭にタオルを巻いた労働者も不満を口にする。当然まとまった休憩はない。作業と作業の合間に挟まる小休憩が時々あるだけだ。
「だな。それに休暇もない。いい加減に家族に会いたいぜ」
ドレッドヘアーが家族を思い出して鼻をすすった。
「同感だな。うちなんか父親の顔なんて忘れてるかもしれない」
暗いため息が方々から聞こえてくる。
「……とにかく働くか」
「だな」
二人の労働者は黙々と手を動かした。作業に集中すれば、少しでも時間の流れが早くなると信じて動く。しかし、それを邪魔するかのように、遠くの方から騒ぎ声が近づいてきた。
「騒がしいな。なんだどうした」
音のする方に二人が目を向けると、二人の班の班長が、彼らの方へと走ってきていた。
普段であればこの班長が慌てることは滅多になかった。すなわち今回は何か異常事態が起きているということだ。ただの労働者である二人にも、それは容易に察知できた。
ヴォオン、フゥオン。
いくつものプロペラの回転する風切り音が、労働者たちに接近する。プラスチックで構成された小さなボディが空間を覆う。
その有り様はまるで蝗害だった。だがプラスチックの蝗が食い散らかそうとしているのは植物ではない。人の命だ。
四発の回転翼を備えたプラスチックボディは、その腹に小型改造された機関銃を抱えていた。
「逃げろぉ!」
誰かが叫んだ。その声をきっかけに、状況を飲み込めていなかった労働者たちは、次々に持ち場を離れはじめる。
逃げる労働者たちの背中に銃口が向けられた。銃声が鳴り響く。悲鳴と怒号がかき消される。背中を赤く染めた人々が、硬く冷たい石の地面に倒れていく。
人々は工事現場に設置された仮設エレベーターに乗り込んだり、上層へと続く階段を駆け上がったりして避難していった。
誰もが必死だった。逃げる背中に逃げ遅れた仲間の悲鳴を感じる。それでも振り返ることはできなかった。ただ上へ上へと昇っていく。安全な場所を求めて上へ、上へと……
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