第17話 いたって合法

 スミカとビンソンの二人は、ハオランからの報告を受けていた。


「考えていた以上に悪い状況ね」

 スミカはこめかみを人差し指でさすりながら話を整理していた。


 アクパーラ2では現在も大勢の作業員が生存しており強制労働を強いられている。そしてそれを主導しているのはスリーエスの機巧部隊。


 この時点で、調査任務は救出任務へと切り替わった。これは難易度の高い仕事だ。スリーエスが現場監督としての役目でアクパーラ2にいるわけではないことは明白。強制的に島に乗り込めば、必ず戦闘になるだろう。


『周囲は開けた海、巨大建造物の内部には大手PMCのサイボーグたちが大勢控えている。仮に我々が駆逐艦や戦闘機なんかを持っていたとしても、救出が目的だから使用もできない』


 ハオランの淡々とした報告に、スミカはみぞおちの辺りが締め付けられる痛みを覚えた。


『状況はわかりました。だが不可解なことがまだいくつかある。私としてはまずそこを伺いたい』

 会話の主導権がビンソンに移った。彼の頭部LEDは、注意や警告の意味を持つ黄色に発光していた。


『ああどうぞ。分かることはすべて話しますよボス』

 映像の中のゾニが応じる。


『ありがとう、ミスターサント。まずはあなたの話してくれた車椅子の老人。フランツ・ハインリヒについてだ。彼が海底遺跡にこだわっているのはわかった。しかし聞く限り、彼はただの考古学者。それもすでに第一線を退いて久しい。そんな男が兵士を雇い、占拠の計画を立て、実行して成功するなど、一人の仕業とは到底思えない』


「協力者がいると?」

 スミカの言葉に、ビンソンは首肯する。


 アクパーラはビンソンにとって庭も同然だ。データに記録される限り、人も物も、彼の目からは逃れられないはずだった。しかしそれは幻想にすぎないと思い知らされた。今まさに、目と鼻の先にある別宅が、土足で入り込まれ訳のわからない海底遺跡発掘に利用されている。いい気分にはとてもなれない。


『おそらく、本島のインフラに関わる人間に協力者がいるのでしょう』


『根拠は?』

 ハオランが聞き返す。


『アクパーラは、島のメイン産業である観光の発展のため、人の出入島をはじめとしたあらゆるビッグデータを収集しています。そしてそのデータをアクパーラ2が占拠された時期の前後を中心に遡ったところ、データに不審な点はありませんでした。不自然な団体客の動きも海洋調査の申請も船舶の入港申請も何もかも! まったくもってありえない! オフシーズンなのに利益減が予想よりも少なかったことにも、もっと早くに違和感を持つべきだった!』


 ビンソンは感情的に捲し立てた。今の彼はこの場の誰よりも人間らしく怒りを爆発させていた。これが生き物らしいという事なのだろうと冷静な部分を保ちながら彼は怒っていた。


  人工知能が怒りに震えるという世にも珍しい場面に出くわした人間三人は、何も言えずにただ彼が落ち着くのを待つしかなかった。


 三人は視線で誰が脱線した話を戻すか押し付け合う。


『それと、気になるのは物資についてです』

 ビンソンは項垂れていた顔を上げた。そのLEDは緑色だ。彼の瞬時の感情の切り替えに、誰もが絶句した。


『……何か変でしたか? 人間はこういう時、苛立ちをこのように表現するものなのでしょう?』

 ビンソンはスミカに訊ねた。


 彼は苛立ちと怒りの表現方法を極端な形で学習していた。それは人間社会で生活する人工知能の多くにありがちなことだった。


 戦後、国際的な法律が施工された。人工知能にはインターネットとの接続を断絶させるという大幅な制限だ。それによって、多くの個体が感情表現を身近な人物やコミュニティから学ぶこととなったのだ。

 

 そんなどこか滑稽な様子のロボットから唐突に質問を受けたスミカ。彼女はぎくしゃくしながら何とか無難な答えをひねり出そうと頭を回転させていた。


「あ~そうね。もうちょっと刻むかも、それだと、何というかあ、アクセルベタ踏みって感じかしら?」


『ほほう、そうでしたか。こんな時でなければ、人間の感情についてもっと学びを深められたのですが……』


 ビンソンのカメラアイがスミカを見つめる。感情の読めない視線に、スミカは反射的に目を逸らした。人間であれば見つめていても瞬きや周囲を注意するなどで多少視線を外すことがあるが、ロボットにはそれがない。自身の事を開明的な人間とうっすら思っていたスミカも、ビンソンの態度には恐怖を覚えずにはいられなかった。


 遅々として進まない会話にしびれを切らしたゾニが、ビンソンに本題に進むよう低い声で進言した。

『ボス、あんたの言う通りだ。今は情操教育に時間を割く余裕はない。我々全員に関わる話を続けてくれ。それで、物資がなんだって言うんだ』


 ビンソンが襟を正す。

『失礼しました。物資、そう物資のことです。そちらと連絡がとれなかった期間、物資の配送などは行っていませんでした。記録上ではアクパーラ2には滞在者の総数プラスアルファで二か月間の貯蓄しかされていなかった』


 ビンソンと行政職員たちの計算では、建設中の人工島に蓄えられている食料は、どれだけ節約したとしても半年も持たないはずだった。本来なら既に物資は枯渇し、飲み水の確保さえ満足にいかないと考えられていた。


 だが、現在彼の目の前に映し出されたゾニの姿を分析したところ、疲労はしていても栄養状態に不足はなかった。ビタミンやカリウム、その他様々な栄養素は高レベルで充足していた。とても不可解なことだ。どこからか物資の供給を受けているとしか思えない。


 でもどこから?


 アクパーラは、ひっきりなしにやってくる客船や旅客機のスムーズな誘導のため広範囲にレーダーを張り巡らせている。穴などありはしない。そのはずだった。


『そうだな。それならこれが何かの手がかりになるかもしれない』


 ゾニはタバコの煙を吐き出しながら手元の書類に目線を落とした。


『実のところ、栄養状態だけで言えば俺たちはそう悪い状況ではないんだ。この数か月、あんたは物資を届けていなかったと言ったがそうじゃない。来ていたんだ。状況からして、おそらくはどっかの密輸業者に運ばせていたんだろうな』

 映像の中のゾニがかがむ。何か確認するような声が聞こえてくる。


 数秒後、スキャンされた文章データが送信されてきた。


 スミカが最初にデータを確認した。その内容は、経済学を学び、会社の出納管理も行っている彼女にとっては馴染みのあるフォーマットだった。


「食料品に生活雑貨。それに建築資材。手書きをスキャンしたみたいで読みにくいけど、納品書みたい」


『最初は管理ソフトの問題だと言われたよ。本島でシステム障害があったと。それも嘘だったわけだが、とにかく書類の右上を見てくれ。運送会社の名前が入ってる』


 言われた通りに視線を書類の右上に泳がせる。

「モグリエキスプレス……、名前に心当たりは?」


 スミカの質問に、ゾニが首を横に振る。


 ビンソンはというと、彼はモグリの名前を把握した次の瞬間にはすでにアクパーラのネットワークにクローラーを走らせていた。


 本来、人口知能であるビンソンがネットワークへと直結することは違法だが、アクパーラ自体がビンソンの拡張された電脳であると解釈されているため、彼の行為はまったくの合法だった。


 意図的であれ偶然であれどんなことにも必ず抜け道が存在する。


『モグリ……、登記記録も入港などの記録も該当なしですね』

 しかしビンソンはそこで諦めず、さらに検索範囲を広げることにした。あらゆる省庁や政府関係組織、果てはNPOにいたるまで横断的に調べ、ようやく一件がヒットした。


『これは手がかりになるかもしれない。このデータをご覧ください。アクパーラにおける違法駐車取り締まりの記録です』


それはただの違反切符のデータのように見えた。小型二輪での危険運転を取り締まったという何の変哲もない書類。ビンソンが注目したのは、取り締まり担当者が記入する備考欄だった。そこにはチェック項目だけでは記録できない補足事項を入力する。たとえば、車両のボディにペイントされた広告や会社名などだ。


『補足欄には件の会社の名前が入力されています。アクパーラのデータベースをどれだけ検索しても該当がこの一件だけであること、このデータが入力された場所がアクパーラの最下層であることも合わせて考えると、モグリエキスプレスは最下層であるアンダーで違法操業されている可能性が限りなく高い』


『俺も同意見だ。ボスの言う通り、アクパーラで違法操業が出来るところなんてアンダーぐらいなもんだ』

 ゾニがビンソンに同意する。だがほか二名はまだ納得いっていないようだ。仕方がない。アクパーラ労働者の代表である自分が説明してあげようではないか。


『アクパーラの最下層。島の人間はアンダーと呼んでいる。昔はただの繁華街だったが、今じゃ犯罪者や不法就労者なんかのたまり場になってまともなヤツは寄り付かなない。まさに吹き溜まりのようなところだ。島の役所だって介入できない』


『なるほど。どこにも記録されていないのは存在していないからじゃなくて、そもそも記録する範囲に含まれていないからだったわけか』

 ハオランが得心いった様子で相づちを打つ。


「それならこちらはあたしが調査するわ」

 スミカがアクパーラ最下層の調査に名乗りを上げる。ハオランとスミカの視線が交わる。本当に大丈夫なのか? ハオランが視線で問いかける。



「大丈夫よ。あたしだって、ずっとお尻で椅子を磨いているわけにはいかないもの。それに、表立って動ける人間はそう多くない。そうでしたよね?」


 その問いにビンソンがうなずき肯定する。


 スミカは心配そうな視線を向けるハオランにウィンクを返した。自分がお飾りの社長ではないことを証明したかった。それに、この仕事は今までにない大口契約だ。これぐらい率先して動いても、サービスのうちにも入るまい。


 緊張と高揚感で鼓動が早くなる。表情を崩さないよう努める。今から役作りだ。胸は堂々と張る。視線はまっすぐに。そして常に顔には微笑を貼り付ける。これで自信に満ちた得体のしれないビジネスパーソンの出来上がりだ。



 

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