第16話 労働者たち
「大人しくしてろ、糞ジジイ」
二人組の兵士の一人がそう吐き捨てゾニを使われていない倉庫に放り込んだ。倉庫は直近で使用する予定のない持て余された空きスペースに、ラックを何台か設置してその周りをフェンスで囲っただけの簡素なものだった。
アクパーラ2は刑務所ではない。牢屋などの設備は存在しない。それでも、時々飲酒関係のトラブルを中心に労働者を隔離する必要に迫られることもある。そんな時にこの倉庫は使用されていた。
倉庫に押し込まれたゾニは、兵士を睨み付けた。そして屈辱的な扱いに抗議するべく、恐れ知らずにも兵士に掴みかかろうと歩み寄る。しかし彼の手が兵士の胸ぐらに届くその前に、倉庫の扉が施錠された。
「こんな事をして、仲間たちが黙っていないぞ!」
フェンスにかけた指に力を込めながら、ゾニは負け惜しみの言葉を兵士たちにぶつけた。
それを聞いた兵士たちは肩をすくめ小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
我ながら情けない行為だと思いながらも、ゾニは黙っているわけにはいかなかった。これは自分たちが唯々諾々と従うほど軟弱ではないという意思表明だ。かならず、もう一度フランツに直談判を行い、そして仲間たちを家に帰すのだ。そうゾニは誓った。
「そうかい、まあ頑張ってくれ。無駄だと思うけどな」
笑いながら倉庫から出ていく兵士たちの後ろ姿を目で追う。一人残された老人は、苛立ちを紛らわせるように、フェンスに拳を叩きつけた。
「……そこにいるのは誰だ」
ゾニが顔を上げると、目の前に黒いアーマーを装備したニンジャが立っていた。
「ゾニ・サントだな。あんたに聞きたいことがある」
「聞きたいこと? お前たちに話すことなんてないな。フランツを呼んでこい」
「フランツ?」
ニンジャは首を傾げた。
「自分のボスを忘れたのか。さすが大手の警備会社だな」
ゾニは鼻で笑った。
「ああ、そういうことか」
ニンジャは何かに気がつき、オブシディアン球体めいたフルフェイスヘルメットを脱いで素顔を晒した。
「すまない。緊急だったもので慌てていた。俺はスリーエスの人間じゃない。安心してくれ」
「それなら誰だ」
「アクパーラの副支配人に調査を依頼された。P.E.G社のハオランだ」
ハオランはヘルメットを片手で抱えながら名乗った。
「やっぱり傭兵じゃないか。それになんだ、ペグ? 何の略なんだ?」
「保護、護衛、警備だ」
「意味が被ってないか? まあいい、とりあえずここから出してくれ。そしたら知っている事は話す」
「もちろん喜んで」
ハオランはフェンスの格子に向けて刀を振るった。簡素な格子の扉の蝶番と貧弱なロック機構が容易く切断され、扉が床へと倒れた。
ゾニは倉庫から出ると、作業着のポケットから加熱式タバコの箱とデバイスを取り出した。タバコの箱を開けると中身は空だった。ゾニは舌打ちをしてハオランを見る。
「タバコ持ってないか?」
ハオランが首を横に振る。
「いや、吸わない。それよりも移動したい。どこか落ち着いて話せる場所はないか」
「それならいい所がある。ついてきてくれ」
ゾニは周囲を警戒しながらハオランを先導して歩き出した。
ハオランも素直に追従する。自分よりもこの老人の方がアクパーラ2の状況については詳しいはずだ。単独での任務。得られる協力は少しでも多い方がいい。
老人に導かれ、ハオランは狭い通路を降りた。頭上からは強い圧。今にも迫ってきそうな低い天井に、額がむず痒くなってくる。サイボーグの中では小柄な方のハオランでも、この通路は狭すぎた。
「痛っ! くそっ、またぶつけた。ここは狭すぎる。それにこの通路は何なんだ。こんな通路、見取り図にはなかったはずだぞ」
「今だけ通れる幻の道だ。アクパーラが完成すればバラされる。工事のための仮組みさ。兵隊どもも、ここの存在には気づいていない」
段々と通路を流れる空気の雰囲気が変わっていく。骨身に染みるような冷たさから、温暖なものへと変化していくのがわかった。
「さあ着いた。ようこそ、ここが我々の別宅だ」
空間が開ける。現れたのは生活感あふれる区画だった。装飾のない無機質なガルバリウム製の灰色の壁面は多種多様な落書きで飾り付けられ、天井付近には洗濯物が壁から壁へと張られたロープからぶら下がっていた。
ついてこい。そう言って軽く手招きをしてから、ゾニは通路を進んだ。
ハオランは空間から通路へと流れていく暖かい風を頬に感じながらゾニを追いかけた。
「ここも仮設の区画だ。工場からブロックごとに発注して、現地で状況に合わせて組み立てる。昔ながらのやり方の応用だ」
ゾニは歩きながら壁をコンコンと叩いた。
ハオランが興味深そうに周囲を見回すと、床で丸まった男とすれ違った。酒瓶を抱え、幸せそうに寝息を立てている。
別の方向に視線を向けると、何人かの男たちが小さなテーブルを囲んでカードゲームに興じていた。テーブルの中心には、鮮やかな袋に包まれたいろいろなお菓子が集められているのが見える。
通路を進む度に、すれ違う人の数が増えていた。だがそのいずれも全員男性だった。
「活気がないな」
ハオランが言う。男たちの誰もが暗く厳しい表情をしていた。時折漏れ聞こえる溜息や暗い話題の世間話からも、彼らが極端に疲弊していることが分かった。本島であるアクパーラと何カ月も連絡がつかず、物資の供給もされていなかったのだ。無理はない。
「ああ、今残っている連中は十二時間シフトを終えたばかりだからな。みんな疲れ切っている」
ゾニは深いため息を吐いた。その足がプレハブ小屋の前で止まる。老人のシワだらけの手が小屋のドアノブを捻る。
「俺の事務所だ。入ってくれ」
ゾニに招かれ、ハオランは小屋へと足を踏み入れた。部屋の中心にはデスクが置かれ、壁にはファイルがぎっしりと詰まったキャビネットがある。その他には畳まれたパイプ椅子が二脚立て掛けられているだけだ。
まさに仕事をするためだけの現場事務所。少し広いだけの牢屋にすら思える雰囲気だった。
「そこらへんの椅子を広げて適当に座ってくれ」
ゾニは座るように促しながら、デスクのあちこちを漁っていた。
およそ客人を迎える態度ではなかったが、ハオランはその態度を不快とは思わなかった。
むしろ、ここまでの短い道中で交わした会話から、目の前の老人の責任感の強さと勇敢さには好感を覚えていた。周囲を傭兵に囲まれながら毅然とした態度で部下たちの待遇について直談判をおこなうなど、誰でもできることではない。
「……ここらへんにタバコが……あった!」
デスクの山積み書類の中から加熱式タバコを発見したゾニは、歓喜に震えながら煙を肺に取り込んだ。数度吸って吐いてを繰り返してようやく落ち着いたゾニは、デスクの上に半端に腰かけながらハオランに訊ねた。
「ふう、これでようやく落ち着いた。待たせて悪かったな。早速情報共有をしよう」
「そうだな。それじゃあ、うちの上司と雇い主にも参加してもらおう」
「無線なんかは通じないぞ。俺たちがここに閉じ込められてから今に至るまで外部との連絡は制限されてる」
ゾニの言葉に、ハオランは背後で浮遊していた強力な相棒を紹介することで返答した。
「通信のことなら問題ない。こいつがいる」
怪訝な表情を浮かべるゾニ。その半開きになった口から、タバコの煙が漏れ出ていく。
「ボール?」
『まさか! ただのボールやない。俺ちゃんはハイパー優秀な人工知能や!』
人工知能。ミニソンのスピーカーが発したあその言葉を聞き、ゾニは反射的に身を引いた。不安げな視線がハオランを見る。
人間と人工知能の戦争が終結してそれなりの時間が経過している現在でも、一般市民には人工知能に対する無意識下で恐怖心が浸透していた。人のように振る舞う人を超越した機械。それは過去の人々が考えていたよりも人間に強い忌避感を与える存在だった。
『大丈夫! 見ての通りワイは手も足も出ん。情報サポート限定やから! ほな回線を繋ぐでえ!』
ミニソンのカメラアイが発光。空間にホログラム映像の出力を開始した。何重ものプロテクトとファイアーウォールによって強固に保護された秘匿回線が、あらゆる監視の目を掻い潜りながらアクパーラとアクパーラ2を繋ぐ。
接続先はミニソンと同時に生み出されたもう一体の分身だ。それは今、アクパーラで事の推移を見守っているスミカの手元にある。
接続が確立された。双方の映像と声が繋がる。
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