第8話 深海の石柱 前編

「ご覧ください。あの小さな島、建設用のクレーンが止まっているでしょう?」


 ビンソンは自身の正面にあるガラス窓を指し示した。その方向にハオランとスミカが視線を向ける。アクパーラから少し離れた地点の海上に、海洋プラットホームが浮かんでいる。


 あれはアクパーラ2だ。ハオランはタクシーの運転手との会話を思い出した。展望レストランから俯瞰してみる建設途中の人工島は、ホテルの前から見た姿よりも小さい島のように見えた。


「たしか、アクパーラ2とかいう建設中の人工島だとか」


 ハオランの言葉にビンソンが肯定の頷きを返す。

「ご存知でしたか。そう、あの島は現在建設途中の海洋プラットホームです。本島であるアクパーラとは異なり、純粋な海洋調査と資源採掘目的で建設を進めています。しかし、現在その建設は止まってしまっている。この事態を早急に解決するために、P.E.G社の方にアクパーラ2の調査をお願いしたいのです」


 スミカは今回の仕事がミスマッチを起こしてしまっているように感じた。P.E.G社の専門は要人警護や少人数での潜入および破壊工作だ。調査には不適格だろう。そのことはビンソンも理解しているはずだ。


「早急な対応が必要なら、プロの調査チームを送り込めばいい。わが社の最優秀な人材に単独の調査を任せる必要はないのではないでしょうか」

 なにか嫌な感覚だ。彼は何かを隠しているのではないか? スミカの胸中に不信感がちらついてきた。



「疑問はごもっとも、しかし私に二心はありません。あなた方の能力であれば、かならず成し遂げてくれると信じているのです。ですからまずは、何が起こったのかを聞いていただきたい。依頼を受けるかどうかはそれから判断するようにお願いいたします」


 スミカはまっすぐにビンソンの顔を見つめた。


 スミカはよく友人たちから視線に妖しい雰囲気があると言われる。自分自身では自覚していないが、独特な迫力があるのは確かなようで、尋問などでうしろめたい感情を持った人間を見つめていると、相手は耐えきれず白状してしまうことが多々あった。

<企業の重役なんかには通じないけどね>


 そう、彼女の目力は百戦錬磨の企業戦士には通じない。ビジネスの世界では嘘八百を並べ立て平然としている者が勝つからだ。


 そして目の前に座る人工知能もまた、そんな百戦錬磨の企業人であることが伺えた。彼の場合は、その感情を読み取ることのできない機械の頭部が交渉には有利に働いていることだろう。


 今はビンソンの話を聞き、依頼を受け入れるかどうかを判断しよう。



「半年前にアクパーラ2からの連絡が途絶えました。以前は連絡船を出して作業員の交代や必要物資などの配達を行っていましたが、途絶後は一切戻ってこない。何度か調査のため人を送りましたが、それも帰ってこない。通信トラブルか犯罪者による占拠かは判然としません。これまで私の解任を求めてきた人々はこれを高貴と捉えるでしょう。人員を動かすことも日に日に難しくなっている。ここで大部隊を動員して成果なしとなれば、私は事を荒立てアクパーラの価値を毀損したとして副支配人の地位を追われることでしょう。しかしそれだけは、それだけは避けねばならないのです」


 ビンソンはそこで言葉を区切り、その機械の両手を強く握って言った。


「なぜなら、この島は私の子どもも同然だからです。私は発展のためのあらゆる努力を惜しまなかった。我が子が病で苦しんでいるかもしれない。親であればそんな事を見過ごすことなど決してできないのです。どうか、どうかお力をお貸しください!」


 ビンソンは機械の頭を深々と下げて懇願をした。


 人工知能がこれほどまでに人間的な行動をできるのかとスミカは驚きを隠せなかった。これも高度な演算能力によって弾き出された人心掌握術なのだろうか。僅かに警戒心がよぎる。


 今回の仕事にはどうにも嫌な気配を感じる。人の戻らない音信不通の人工島は明らかに不穏だし、昨夜に出会ったシャノンの存在も気がかりだ。


<それでも、この仕事を諦める選択肢なんてない。ここが正念場よ>

 スミカたちの会社が生き残るためには危険を犯す必要がある。民間軍事会社の業界は広いようで狭い。

 大手の会社は世界各地で作戦を展開し、ライバル同士でシェアを奪い合っている。


 小さな会社は大手軍事会社の傘下に入るか、企業の警備顧問として提携を行いながら、拡大のチャンスを待つしかない。そして今回そのチャンスが巡ってきた。

 

「この依頼、お受けいたします」

 スミカは前のめりに手を差し出した。


 ビンソンがその手を両手で握る。

「ありがとうございます。我々も可能な限りの支援をさせていただきます!」


「ありがとうございます。それでは、後程発注書のテンプレートを送付しますので記入をお願いします」


「わかりました。それではさっそく……、うん? 少々お待ちを」

 ビンソンが動きを止めた。その両目が点滅する。ビンソンの高性能プロセッサが、データを受信して高速で情報を処理しているのだ。


「たった今、新しい情報が入りました」

 ビンソンの顔から光が照射された。テーブルが光を受け止める。映像が流れ始めた。彼の頭部は高精度のホログラム投影器にもなっている。


「これは、昨日保護されたアクパーラ2の労働者が撮影していた主観映像です。あまり鮮明とは言えませんが、きっと何かの役に立つでしょう」

 映像の再生が始まった。

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