32. ノクセイアの残響
ノクセイア――カイムの出身地。
その遺跡で、ヴァイルたちヴァンガードの調査隊が消息を絶った……?
カイムとヴァイルが行動を共にしている理由。
――間違いなく、この場所が関係している。
「ノクセイアの調査……それを、どうして俺たちに?」
「理由はもちろん話すよ。でもその前に――伝えておきたいことがある。3年前の話だ」
「3年前……」
セシルが神妙な表情で、アレンの目を見つめる。
「その日、ヴァンガード中央本部に、ひとりの少女が駆け込んできた。衣服は破れ、全身傷だらけで……とても無事とは思えない姿だった」
その光景を思い出すように、アレンの声が低くなる。
「彼女は必死に、『みんな殺される』と何度も叫んでいた。なんとか落ち着かせて事情を聞き出すと、彼女は自らを“フィオナ”と名乗り、出身はノクセイアだと語った」
フィオナ……!?
あの、カイムに付き従っていた少女。
やはり彼女も、時間を越えてきた存在……?
「君たちも知っているだろう。カイムの協力者だ」
アレンは真っ直ぐにこちらを見つめる。
「にわかには信じられなかった。だが、女神の登録情報を確認して確信した。“ノクセイア”――すでに滅んた街が、彼女の登録住所になっていたんだ」
滅びた都市から少女が現れ、救援を求めた。
その後、調査隊が消息を絶つ――。
「本部は、念のため現地調査を決定した。ヴァイルを含む精鋭の小隊を派遣してね」
「……本当は私も同行したかった。だが先代に止められた。『お前は後を頼む』と」
アレンは少し俯き、続けた。
「――だが、調査隊は帰ってこなかった」
その声には、抑えきれない悔しさが滲んでいた。
「すぐに追加の調査隊が編成され、私も参加した。だが……結果は知っての通り。“何も見つからなかった”」
「何も無かったのに、どうしてまた調査を?」
俺の問いに、アレンは少し目を細める。
「行けば分かるさ。あの場所には、確かに“何か”がある。だが、我々ではその核心に届かなかった」
アレンは、俺とリゼを真っ直ぐに見つめた。
「ソウタ殿、リゼさん。君たちは……異世界から来たそうだね?」
「え、あ……はい」
少し戸惑いながらも頷く。
「私の直感だが、過去から来た2人と、君たちには何か共通するものがあるはずだ。君たちなら、我々では辿り着けなかった答えに、手が届くかもしれない」
根拠は薄い。
けど、その瞳は本気だった。
……まあ、どのみち行くつもりだったし、断る理由はない。
「どうして……」
それまで黙って聞いていたセシルが、絞り出すように言った。
「どうして今まで、本当のことを教えてくれなかったんですか!?」
いつになく強い声音。
アレンも一瞬、言葉を詰まらせた。
「……すまない。この件は、上層部の判断で、これまで口外を禁じられていた。だが、今回正式な任務となったことで、ようやく君に話すことができたんだ」
「……わかりました」
セシルはアレンを真っ直ぐに見つめ返す。
「兄がそこで何を見たのか、私も知りたい。その任務、受けさせてください」
強く、静かな決意。
隣で聞いていた俺も、思わず気が引き締まる。
「よし、決まりだな」
アレンが頷く。
「メンバーは……ソウタ殿とリゼさん、マリアさん、セシル。そして――ルミナさん」
「え? ルミナも?」
「ああ。マギアのメンテナンスができる技術者は必須だからね。フォルテリア支部を通じて、正式に許可は取ってある」
確かに、ルミナの存在はデカい。
戦力としてもだし、あらゆる場面の“安心材料”だ。
「えへへ、よろしく~」
ルミナは満面の笑みで手を振る。
「……久しぶりの“外”だから、楽しみ。いろいろ試したいな~」
屈託のない笑顔が眩しい。
けど、その無邪気さが逆に――少しだけ不安にもなる。
「私も同行したいところだが、今回の事後処理、それにカイムらの追跡任務がある。もし、女神様が本当に消されてしまえば、この世界の暮らしが成り立たなくなるからね」
「そうですか……」
ちょっと残念だ。
女4人、男1人のパーティ。
……正直、バランスが悪い。
もちろん、ハーレムっぽい状況は男の夢みたいなところもあるけど――実際は結構、肩身が狭い。
「さて……」
アレンが話題を切り替えるように言った。
「ソウタ殿、君はあのとき、“
そうだ。
本物の女神に会ったんだ。
「あのとき……確かに、女神様本人に会いました。長い黒髪の女性で……どこか、リゼに似てる気がしたんです」
「リゼさんに?」
その言葉に、リゼの肩がかすかに揺れた。
やっぱり何か関係が……。
「でも、目の色や身長は違いました。似ているけど、別人という印象です」
「彼女は、何か言葉を?」
「はい。俺ひとりじゃ、元の世界には帰れない、と。『リゼを連れてくるように』と言われました」
「リゼさんを……?」
全員の視線がリゼに集まる。
彼女は俯きがちに、静かに語り始めた。
「……わたしが、颯太をこっちへ連れてきた。でも、この世界では魔法が使えない。きっと女神のところへ行けば――使えるようにしてくれると思う」
「君が……? それに、“魔法”とは……」
アレンだけでなく、マリアたちも呆然としている。
……そういえば、異世界の話って、あまり詳しく話してなかったか。
リゼが説明を続ける。
「魔法は、マギアと同じ。“マナ”を使って、現象を起こす。でも、マギアを使わない。代わりに、人間の脳で直接、術式を組むの」
「人間が、直接……?」
信じがたい、という顔だ。
少しだけ補足しておこう。
「ただ、魔法を使えるのはごく一部の人間だけです。俺みたいな“使えない側”が大多数で、使える連中が支配階級になって、世界を好き勝手にしてる。……そんな、腐った世界です」
自分の世界に対して、我ながら冷たい言い方だと思う。
けど、思い返しても――本当に良いところが浮かばない。
「ちょっと、それってリゼは支配者側ってこと!?」
マリアが眉をひそめて声を上げる。
「え、いや……まあ立場的にはそうだけど……」
あたふたと弁解しようとする俺を遮り、リゼが口を開いた。
「颯太、大丈夫」
その目はまっすぐ、揺るぎない。
「わたしは、支配する側――しかも親玉の娘。でも、悪いことは……してない」
「……でしょうね。私が知っているリゼは、のんびり優しくて、とてもそんなふうには見えないもの。私は、自分の目で見たものしか信じない。だから、リゼを信じるわ」
マリアの言葉に俺も頷く。
そうだ。
リゼもまた、理不尽に抗ってきた1人なのだから。
「……ありがとう」
リゼが、少し照れたように呟いた。
アレンが視線を戻し、真剣な表情で話を切り出す。
「異世界については、正直まだ理解しきれていない部分も多いが……今は一旦それで良しとしよう。それより、女神の居場所について、何か心当たりは?」
「女神の居場所……」
少し考えてから、思い出す。
「そういえば……海の上に浮かんでいました。空にはオーロラがあって……」
「オーロラ……そうか。ありがとう。大きな手がかりになりそうだ」
アレンが顎に手を添え、思案する。
その時だった。
「アレン様、お連れしました」
声のする方へ目を向ける。
フレイさんが戻ってきていた。
その背後には、初めて見る2人の姿。
1人は、長い白髭をたくわえた恰幅のいい老人。
もう1人は、スーツを隙なく着こなした、きりっとした表情の中年女性。
――って、誰?
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