31. 俺の話も聞いてほしい!

「信じられない」


 今後のことで話があると、マリアに連れられてロビーに来た。

 目の前のマリアは、どう見ても怒っている。

 その理由は明白だった。


「こっちは負傷者の治療で大忙しだったっていうのに、その裏でいちゃついてたなんて……」

「いや、それは誤解だって!」


 全くやましい気持ちがなかった、とまでは言わない。

 けど、そこまで怒ることか?


「何がどう誤解なのよ」


 マリアが腕を組み、こちらを睨みつける。

 ちらりとルミナに視線を送る。

 サポート、頼むぞ。


「大丈夫! ボクはたー坊のこと、そこまで興味ないから! だから取ったりしないよ、安心してマリアっち!」

「はあ!? 誰がこいつなんか! あんた、頭どうかしてるんじゃないの!?」


(おい、火に油注いでどうする)

(こ、こわい……この人、ちょっと苦手かも……)


 ダメだ。

 ルミナは猛獣を前にした小鹿だ。

 舌戦じゃ勝ち目がない。

 それに「興味ない」ってのも地味に傷つく。


「ほ、ほら! ルミナが作ってくれたギアのおかげで俺たち助かったわけだし、その労いというか……」

「へぇ?」


「誰かさんが見え見えの罠に引っかかって串刺しになりかけたから、私が助けてあげたんだけど?」

「あ……あの時は本当に助かったよ。ありがとう。あ――」


「もしかしてマリアも……撫でてほしいのか?」

「――っ!」


 顔を真っ赤にして、今にも飛びかかってきそうなマリア。

 完全に地雷だった。

 万事休すか――そう思った、その時。


「お待たせしました」


 場の空気を一変させる、天使のような声が響いた。


 ふわりと髪がなびき、ほのかにいい香りが漂う。

 セシルと、その傍らにはちょこんとリゼの姿があった。


「あれ、どうしたんですか?」

「いや、実は――」

「ちょっと聞いてよ、セシル!」


 俺の説明を、マリアが食い気味に遮る。


「私たちが忙しくしてる裏で、この2人、いちゃついてたのよ! 頭なんて撫でちゃって!」

「まぁ……!」


 セシルがこちらを見て目を丸くする。

 まずい、非常にまずい流れだ。


「でも、頭でよかったですよ。私なんて、胸を……」


 手をクロスさせ、胸を隠す仕草。


 ……え? そっちから来る?


「もしかして、たー坊って……変態?」


 おいおい、まさか君まで敵に回るとは。卑怯だぞ、ルミナ。


「ほんとよ。私が行かなかったらどうなってたか……」

「ありがとう、マリアっち」


 いつの間にかルミナがマリアの隣に並び、わざとらしくウルウルした目で感謝している。


 こうなったら頼みの綱はリゼしかいない。

 頼む、救世主!


 リゼと目が合う。

 その瞳は「任せて」と語っているようだった。


「颯太は、大丈夫」


 突然、俺のフォローを始めるリゼに、全員の視線が集まる。


「マリアと私には、まだ何もしていない」


 ……その「まだ」は余計だ。


「あっ、でも」


 リゼが何かを思い出したように、ぽんと手を打つ。


「前にマリアがお風呂から出たとき、じーっと見てたかも」


「……マジでキモ。信じらんない。もう家に上げないから」

「いや、あれは違うんだって! 普段三つ編みだから、ほどいた姿が珍しいなって思っただけで――」

「ふーん」


 全員の視線が、まるでゴミでも見るかのように冷たい。

 

 ……おかしい。俺、活躍したよな? 普通なら称賛の嵐じゃないのか?


 なのにこの仕打ち……。

 この世界も、案外、違う意味で理不尽なのかもしれない。


「すまない、待たせたね」


 再び窮地に陥った俺を救うように、穏やかな声が響いた。

 このイケボは――アレンだ。


「楽しそうだね。仲が良くて羨ましいよ」

「アレンさん。それに、そちらは……」


 彼の隣には、見覚えのある女性がいた。


「……アルカナの、受付の人?」

「先日はご検討ありがとうございました、ソウタさん。私、アルカナで受付と諜報部を兼任しております、フレイと申します」

「諜報部……?」

「はい。退職後のクロスタに不穏な動きが見られたため、中央のヴァンガードとマリア様に協力を依頼しておりました」


「マリアも……? じゃあ、最近機嫌が悪かったり、別行動してたのは……」

「4分の1くらいは、そのせいね」


 4分の1。

 じゃあ、残りの7割5分は……ガチか。


「ヴァイルを見つけてからは、こっちからも協力を申し出たの。本社に泊めてくれるって言うから、便乗しただけよ」

「なるほど、そういうことだったのか……」


 マリアがあのタイミングで現れた理由が、ようやく腑に落ちた。

 けれど、それはさておき――。


 気になって仕方ないのは、目の前の光景だった。

 フレイさんの手が、自然な仕草でアレンの腕に絡んでいる。


 この距離感、どう見ても「それ」だろ。誰かツッコんでくれ……!


 心の中で祈っていると――。


「フレイさんは、アレンさんの恋人……?」


 空気を読まない一撃を繰り出したのは、リゼだった。

 こういう時の彼女は、本当にありがたい。


「いや、彼女は――」

「彼が、助けてくれたんです」


 たじろぐアレンの言葉を遮り、フレイさんがうっとりとした表情で語り始める。


「魔物に襲われ、もうダメだと覚悟した時、彼が現れて――その剣さばき、身のこなし、そして優しい声。運命を感じました。私には、彼しかいないって」


(アレンさんって、独身?)


 隣のセシルにそっと耳打ちする。


(はい)

(じゃあ、彼女は?)

(……いたはず、です)

(……マズくない?)

(そう、ですね。でも――面白いからいいんじゃないかなって、思います)


「えっ?」


 思わず声が漏れてしまう。

 セシルはどこか楽しそうに、二人を見ていた。


 ……あれ? セシルって、こういうタイプだったっけ?


 意外な一面に少し驚きつつ、会話に意識を戻す。


「……とにかく、私と彼は、もうすぐ恋仲になる予定なんです」


 アレンは引きつった笑顔を浮かべている。

 まあ、モテ男の悩みってやつか。

 俺には一生縁がなさそうだな。


「フレイさん、ちょっといいかな」


 アレンがそっとフレイさんの両肩に手を添え、距離を取る。


「彼らと大事な話がしたいんだ。悪いけど、外してもらえるかな。ついでに、上の方を呼んできてもらえると助かるよ」

「え~……。アレン様のお願いなら……わかりました」


 フレイさんは名残惜しそうにその場を離れていった。


「……ふう」


 アレンが、ようやく肩の力を抜いて息をつく。


「さて、改めて礼を言わせてくれ。君たちには、本当に助けられた」


 そう言って、深々と頭を下げた。


「セシル……君は本当に強くなった。私ではヴァイルに歯が立たなかったが、君は堂々と渡り合っていた」

「そ、そんな……違います! 隊長は、父の一番弟子で……だから、兄にとっては慣れていただけで……」


「それもあるかもしれない。確かに私は、御父上――ゲイル師範の弟子として、剣を学んだ」

「幼い頃から父を追いかけてきた彼にとっては相対しやすいだろう。だが、結果は変わらない。私は負けた。それは事実だ」


 セシルは口を噤み、目を伏せた。


「そして……ソウタ君、マリアさん」


 アレンさんの視線がこちらに向けられる。


「そして、ソウタ殿、マリアさん。結果的に奴らは女神の元へ行ってしまったが、君たちの尽力がなければ、より多くの被害が出ていただろう」


 アレンの視線が、俺たちに向けられる。


「マリアさん。中央での騒動から、今回の件まで、聖女でありながらその勇気と行動力には敬意を表する」


 マリアは少し照れくさそうにそっぽを向いたが、口元は緩んでいた。


「ソウタ殿、それにセシル。君たちの力を見込んで――ヴァンガードとして、ある任務を頼みたい」

「任務……ですか?」


 アレンの表情が、これまでになく真剣なものに変わる。


「ああ。――3年前、ゲイル師範、それにヴァイルを含む調査団が消息を絶った」


 その一言に、セシルが息を呑む。


「目的地は、かつて千年前に滅んだ都市……“ノクセイア”の遺跡だ」

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