17. 生還

 目が覚めると、見知らぬ部屋でベッドに寝かされていた。

 薄い消毒液の匂い。白い壁。

 医務室……だろうか。


 上体を起こす。

 痛みは――ない。


「あっ、颯太が起きた」


 横からリゼの声が聞こえた。

 気が付かなかったけど、傍にいてくれたみたいだ。


「俺……どうなって……?」

「血まみれで倒れてた。……生きてないかもって、思った」


 夢の中で見た光景が脳裏をよぎる。

 あの時の俺は、リゼの母親だった。

 もしあれが記憶なら……この子は、母親の死を目の前で――。

 けど、今それを口にするのはやめておこう。

 きっとこれは、彼女の心の奥に触れる話だ。


「目が覚めたみたいね」


 マリア、セシル、そして試験の時に一緒だった“セシルのファン”の男が入ってくる。


「具合はどうです?」

「あ、えっと……大丈夫、みたい」


 セシルが安堵の笑みを浮かべる。

 彼女もあれだけボロボロだったのに、もう元気そうだ。


「よかった。二日も眠ってたんですよ。マリアちゃんなんか――」

「ちょっとセシル! 余計なことは言わなくていいから!」

「……ったく、寝言でリゼの名前ばっか。きっしょ。ロリコンかっての。……まあ、生きててよかったわよ」


 ……リゼとは二歳差なんだけど。

 誰がロリコンだ。

 そもそも外見だけなら、お前の方がよっぽどロリ属性じゃないか。


 懐かしい毒舌に、妙に安心する。

 ああ、生きてるんだな……と。


「正直……死ぬって思ったよ」


 突き刺された氷の冷たさ、血の温もり、焼けるような痛み――思い出すだけで身がすくむ。


「この方が治療してくださらなければ間に合いませんでした」


 セシルのファンが小さく胸を張る。


「ありがとうございます。本当に助かりました」

「いえ。でも……助けるべきか悩みましたよ。だってあなたは、破廉恥な行為でセシル様を穢したのですから」


「あんた、セシルに何したの!?」


 マリアが鬼の形相で睨んでくる。

 セシルは――思い出したのか、頬を赤らめ、俯いている。


 この状況はまずい。


 

 ……頬、まだヒリヒリする。


 ファンは驚いてそそくさと退出してしまった。

 もう少しちゃんと礼を言いたかったな。


 そういえば、あの時外では何が起こっていたんだろうか。

 話題を変えがてら、聞いてみることにする。


「あの時、街もやばかったんだろ? 大丈夫だったのか?」

「魔物が複数、暴れていたわ。けど、ヴァンガードも警戒していたから、すぐに対処出来て怪我人もほとんど出ていないみたい。」

「そうだったのか……無事でよかった。マリアも、戦ったのか?」

「久しぶりにね。この前留守にしたでしょ……あんたがサボって図書館へ行った日。あの日にライセンスの再発行したのよ。やっといて正解だったわ」


 そうだったのか。

 どうりで俺の大活躍にもなびかないわけだ。

 

「聖女って全員戦えるのか?」

「まさか。私は事情があっただけ」

 

「兄さんに憧れてたからだよね」

「ちょっと!」


 割って入るセシルに、マリアが慌てて反応する。


「セシルの兄さんって……」


 俺の発言で、場に沈黙が流れる。

 

 セシルの兄――ヴァイル。

 俺の見た彼は、剣を振るう冷酷な男だった。

 けれど、俺の知らない一面が、きっと彼女たちの記憶にはあるんだ。

 だからこそ、あのときセシルは、戦えなかったんだろう。


 話題にしたくないかもしれない。

 けど、俺だってもう当事者だ。

 知っておく必要がある。

 

「兄さん……兄のヴァイルはヴァンガードの一員でした。父と並んでヴァンガードでも指折りの戦士でした。優しくて強い、自慢の兄でした」


 意を決したように、セシルが口を開いた。

 

「……三年前、遠方調査の任務に父と兄が行くことになったんです。危険な任務ですが、父と兄なら大丈夫だと思ってました。けど……調査に行った全員が、帰ってこなかった」

「隊員が負傷したり命を落とすことはあります。……でも、誰一人、遺体さえ見つからなかったんです。まるで、最初からいなかったみたいに」

「強かった父と兄が簡単に命を落とすことなんて考えられない……だから私は二人を探すためヴァンガードになったんです」

 

 家族を探すため――それが、心優しいセシルが戦いに身を置いた理由だった。

 

「ヴァイル兄さんが反女神のテロリストだなんて……何かの間違いよ。きっと事情があるはず。」


 マリアが自身も含めて言い聞かせるように言った。


 

 沈黙の中、部屋をノックする音がする。


「失礼するよ」


 扉が静かに開いた。

 入ってきた青年は、背筋の伸びた制服姿――見るからに只者ではない雰囲気だ。

 一瞬で空気が引き締まった気がした。


「隊長……」

 

 セシルの表情がわずかに引き締まる。

 尊敬と緊張がないまぜになったような声だった。

 

「意識が戻ったようでよかった……私はアレン=クロード。ヴァンガード中央本部第一部隊長をしている。今回の件では、君たちを危険にさらしてしまった。ヴァンガードとして、不甲斐ないとしか言いようがない」

「いや、まあ、セシルさんに守って頂きましたし……」


 爽やかなイケメンオーラに圧倒され、なんだか恥ずかしくなる。

 

「早々で申し訳ないのだが、我々は今回の事件の首謀者を追っている。何か知っていることがあれば教えて欲しい。特に君たちと一緒に試験を受けていた人物……カイム=クローヴァについて」


 カイム――。

 あの時の冷たい感触、声が頭に蘇る。


 俺は知っている限りを話した。

 図書館での出会い。勧誘。協力者の少女。

 女神を探し、おそらくは亡き者にしようとしていること。


 協力者の少女のことは、マリアの反応が気がかりだったけど、マリアは何も言わなかった。

 ただ、視線を逸らし、そっと指先を握りしめていた。


 アレンは頷きつつも言った。

 

「教えてくれてありがとう。だがカイム、彼には、まだ謎がある」

「謎……?」

「ああ。彼のエントリー情報から女神の記録を照会したんだが……彼の居住地が“ノクセイア”になっているんだ」

「ノクセイア?」


 それと謎が結びつかず、首をかしげる。

 マリアとセシルを見ると、二人とも目を見開いている。

 信じられない、といった表情だ。


「千年くらい昔に、一夜で消滅したと言われている街よ……」


 マリアがそう、教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る