予知した未来を変えるには
赤松 勇輝
未来を回避するために
第1話 損な性分
六月で梅雨真っ盛りのためか、今日はシトシトと雨が降っている。
本来であれば、放課後は所属しているテニス部の活動があるけど、雨が降っているせいでグラウンドが使えない。
体育館も他の室内で活動している部が練習しているから、使うことができない。
よって、今日は部活がない。
部活がなければ、わざわざ放課後の教室に残っている必要もなく、速やかに帰宅してやりたいことをした方がいいのだろう。
だけど、今は図書室に本を返しに行った友達の
昇降口で待ち合わせることも考えたけど、あまり人の多いところで待ちたくなかったというのも大きく、教室で支倉の戻りを待っている。
二年E組の教室にはすでに部活に行ったか、帰宅したか、人は少ない。クラスメイトの黒崎だけは本を読んでいる。
そんな中で、俺が頬杖をつく机に座り、友達の
「全く腹立つよな、安元の奴! 俺のことを完全にガキ扱いしてるんだ」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「いーや、そんなことある! あいつ、俺のことは呼び捨てなのに、
先程の刑部と安元のやりとりを思い起こす。
机に頬づえをつきながら、俺は二人のやりとりを見ていた。まぁ、刑部には悪いけど安元の方が身長が高いから迫力はあった。とはいえ、俺としては見慣れた光景のため、特段どうとも思わなかった。
安元は女子だけど、小学校からの知り合いだからか話すことも多い。その中で、刑部のことは呼び捨てなのに対して、俺のことはくん付けで呼んでくる。
子供扱いしているから呼び捨てて、そうじゃないからくんづけをしているわけじゃないと思うけど、理由はわからない。
「刑部も安元さんって呼んだら、呼び方も変わるんじゃないか?」
「今更だろ……あぁ、零哉はいいよなぁ。身長高えし、声変わりもしてるし」
「確かに、中学に入ってどんどん身長が伸びたな。今じゃ百六十センチを超えた」
「……はぁ、俺はまだ百五十にも届かないっていうのに」
「まぁ、男子は高校入ってからも身長は伸びるっていうだろ? あんまり気にするなよ」
刑部は不服そうに、唇を尖らせている。このような行動が子供っぽく見えてしまうのではないかと思うけど、本人が気にしているのだから黙っておく。
この話題は打ち切りにしようと、俺は刑部が手に持っている本に注目することにした。
「そもそも、安元さんが話しかけてきたのは、これがきっかけだったよな? ライトノベルだっけ?」
刑部はアニメやゲームが好きだ。部活にも着手せず、帰宅部として自由奔放にやりたいことを放課後にやっている。今日みたいに部活の練習がない日は、刑部の家でゲームを一緒に行うこともある。
対戦することもあるけど、いかんせん俺はゲームが苦手だ。アクション系のゲームで対戦すると、なすすべなく倒されてしまって面白くもなんともない。まだ見ている方が好きだ。
好きなことへの話題に切り替わったからだろう、刑部の表情は嬉しそうなものへと変わった。本の表紙を俺に見せつけてくる。
そこには、黒い髪をした主人公だろう少年が、金髪や赤髪といった女性に囲まれているイラストが見えた。
「その通り! 『せっかく転生したので勇者じゃなく冒険者としてのんびり過ごしていきます』ってタイトルだ」
「……タイトル長いな」
本のタイトルで、おおよそどんな内容の話なのかがわかる。要するに、生まれ変わった主人公が冒険者としてのんびり過ごしていくという内容だろう。
ただ、残念ながら俺はあまりアニメに造形がない。
アニメが嫌いというわけではない。土曜日や日曜日の朝や夕方にやっている国民的アニメを観てなかったわけではないけど、チャンネルの主導権が俺にはなかった。
基本的に姉の好きなものに変えられてしまい、ドラマを見せられることが多かった。
勝手に変えようものなら取っ組み合いの喧嘩になり、合気道を習っている姉に投げ飛ばされた。
俺は姉に勝てずに泣き、母さんからは「勝ち目のない喧嘩をするんじゃないの」と諭される毎日だった。
中学生になってからは、そんな無謀な戦いをすることはなくなった。
「すっげえ面白いんだぜ! 主人公が女神から力をもらってな、それで問題を解決したり、魔物を倒したりするんだよ。あぁ、魔法とか憧れるなぁ」
内容を思い起こしている様子で、刑部はうっとりとした表情で天井を見つめる。
確かに、魔法の一つでも使えると日常も少しは華やぐのかもしれない。ただ、その魔法が実用的なものであればの話だ。もし仮に俺が使えるようになって嬉しい魔法は一つしかない。
「そうだな、俺は姉貴に勝てるようになる魔法が欲しい」
「……魔法があっても勝てなさそうだけどな、零哉のねえちゃん。綺麗だけど、なんかさ、怖——いや、強いよな」
怖いと言い間違えそうになって慌てて訂正していたが、俺は深く頷いた。
刑部の家で遊んだことがあるように、俺の家で遊んだこともある。その時に、刑部は姉貴に遭遇しているのだが、その時のことを思い出したのだろう。
ゲームをやりながらテンションが上がってうるさくしてしまった時、急に部屋に入ってきて一言「黙れ」と言われた時のことを。
おそらく、俺に言ったのだろうけど、ピシャリと言い放った一言に刑部は恐怖を感じたみたいだ。
強いなんてことをあの姉に言ってしまったら、笑顔で殴られそうだから気をつけた方がいいだろう。
ただ、刑部の言う通りだ。仮に俺が魔法を使えたとしても、あの姉に勝てる気がしない。勝てない戦に挑むのは、もう諦めた。痛い目にわざわざ遭いに行くような趣味はない。
俺の姉のことを思い出してだろう、お互いに意味もなく笑い合っていると、刑部が芝居くさく机をバシンと叩いた。
静かな教室にいきなりと大きな音が出たので、周囲の注目が集まる。
中でも、心底うるさいと言った様子で長い黒髪をなびかせながら振り返り睨みつけてくる黒崎の視線が痛い。
刑部の顔がどんどん赤くなっているあたり、やりすぎを反省しているのだろうか、咳払いをしてから言う。
「まっ、女子にはわからねんだよ。俺たち男子が面白いと思うもんがさ」
俺としては、全面的に刑部の言っていることを間に受けるわけじゃない。女子にも女子の言い分があるだろう。それをとやかく言うつもりはない。
「このラノベだって、安元——それに笹原はつまらねえって言ってたし」
おや?
さっき、安元が刑部につっかかってきたのは事実だけど、笹原は俺たちのそばにいただけだ。
「安元さんは露骨に言ってたけど、笹原さんは安元さんの気迫に負けただけじゃないのか?」
「いいや」
刑部は首を振る。
「だって、そうだねって言ってたじゃん」
「…………」
言っていたけど、顔はくぐもっていたように感じた。近くにいただけで、いきなり話を振られたのだから仕方ないと思う。
それに、話を振ったのがあの安元だ。クラスの女子の中でも影響力のある女子に言われたら肯定してしまうのも無理もないと思う。
やれやれと刑部が肩をすくめると、ガタッと椅子を引いた音が聞こえた。音のした方を見ると、クラスメイトの黒崎が立ち上がったところだった。
中学生離れした整った顔立ちに、腰まである艶のある黒い髪が特徴的な女子だ。帰り支度を済ませた後で、今まで本を読んでいた。キリがいいところまで読みたかったのだろう。
椅子を戻すと、颯爽と教室から出ていった。流れるような動作に、人気の少ない教室がさらに静寂に包まれたように感じた。
ただ、教室を出るタイミングでスカートのポケットからハンカチが落ちたのが目についてしまった。
「あっ、おい」
声をかけるが、黒崎は気付かずに行ってしまった。
教室の出入り口のそばにはクラスメイトがいる。でも、ハンカチを拾って届けようとする気配はない。見て見ぬふりをしている。
まるで、腫れ物に触れたくないかのように。
そんなふうなことを思って嘆息していると、刑部が俺の肩に手を乗せてきた。
「つくづく、そんな性分だよな」
「本当にな。届けてくる」
黒崎とは中学二年生になってはじめてクラスが一緒になった。だから、どんな人なのかはあまりわからない。
基本的に休み時間など、気づいたら本を読んでいる。
何の本を読んでるのかはわからないけど、話しかけるなという雰囲気をまとっているように見えて、近寄りがたい雰囲気を感じているクラスメイトは多いように思う。
今だって、ハンカチが落ちたのに気づかないふりをして、声をかけようとするクラスメイトの姿は見られなかった。
別にそれを責めるつもりはない。ただ、どうにも見て見ぬふりというのが俺にはできないだけだ。
教室の入り口に向かい、ハンカチを拾って廊下に出る。床は梅雨で湿気が多いからだろう湿っていて気をつけないと滑りそうな状態だ。
足元に気をつけながら、二階から昇降口のある一階に向かう。その途中で黒崎を見つけた。そして、俺は黒崎の姿を見て立ち止まった。
一体何をしているんだ?
石橋を叩いて逆に壊してしまうかの如く慎重な様子で、一歩、また一歩と歩みを進めている。
おそらく、転びたくないのだろうと思う。まぁ、廊下で滑って転んでしまうのは恥ずかしいだろう。
だけど、慎重になりすぎて、廊下で床に足を投げ出し座っている男子生徒に気づいていない様子で——
「……おっと、大丈夫か?」
前のめりに転びそうになった黒崎の腕を咄嗟に掴んだ。黒崎の綺麗な黒髪が宙でなびいた。
「ちょっと慎重すぎじゃないか?」
倒れそうになっている黒崎をの腕をひき、体勢を立て直す。床で足を投げ出していた男子生徒は俺のことを睨みつけてきたが、しっしっと手で追い払う。
黒崎は振り返り、黙ったまま俺のことを見つめてくる。ちょっと恥ずかしいと思ったけど、腕を掴んで引き上げたことを気にしているのかもしれない。
「ご、ごめん。急だったからさ」
なおもおしだまる黒崎に対して気まずくなり、頭の後ろをさする。
「えーと……これを届けに来ただけだから。じゃ」
沈黙に耐えかね、ハンカチを渡してそのまま教室に戻ろうとすると、今度は黒崎が俺の腕を掴んできた。
「待って」
「な、なに?」
振り返ると黒崎が俺のことをじっと見つめていた。俺の腕を離すつもりはない様子で、ぎゅっと握ってくる。
そして一言。
「あなた——どうして私が見た未来を変えられたの?」
「へっ?」
黒崎の質問の意味が理解できずに、俺は素っ頓狂な返答をしてしまった。
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