第二十八話 side Enmyo Hurui『覚悟をもってして(1)』
「助かりました、篩殿。我々だけではどうなっていたことか…」
「いえいえ。援護、とても助かりました。おかげさまで大きな消耗なしで討伐できましたので」
「それを抜きにしても、ありがとうございます。羽瀬殿や羽蜜殿、風莉殿も不在でしたので…本当にありがとうございます」
「本当にお気になさらず。それよりも気になるのは…」
「このタイミングで襲撃があったこと、ですね」
飛風家に襲撃を仕掛けてきた超級妖を飛風の陰陽師達と協力して討伐した篩だが、そのタイミングを訝しんでいた。雷轟家で行われた強化合宿の日程は陰陽八家の者達の間でしか共有されておらず、参加者に至っては強化合宿に参加した家々の間でしか共有されていなかった。移動の際には凪勿側勢力に悟られぬよう最新の注意を払い、極秘で行われていたのだ。この時点で、なんらかの方法を使用して潜り込んだり、もしくは内通者がいなければこの襲撃は起こさないだろう。しかも飛風家は陰陽八家の中でも陰陽師の実力の平均値が高く、雹牙・雷轟に次いで3番目に強いと言われている。このタイミングで落としてしまえば隣り合わせている雹牙・土倉・雷轟の負担が増え、消耗し続けることになるだろう。
「秋梨様、伝来です!土倉家でも我ら飛風と同様に超級妖による襲撃が来ているようです」
「状況は?」
「出現当時、土倉家所属の陰陽師200が超級妖の討伐のために出撃」
「それで?」
伝令役の男は、伝令に来たその瞬間の焦った顔とは打って変わり、苦々しい表情へと変化し、
「…近づくことすら許されず、壊滅したそうです」
「…そうか」
「情報はここまでしか来ていません。もしかしたらすでに全滅してしまった可能性も…」
「早計だ。土倉家の血筋が途絶えない限り、真の意味で土倉家は滅ぶことはない」
「…ふむ。わざわざ飛風と土倉に戦力を分割した…?」
(強化合宿にはあの月夜殿も参加している。強い人間がいない時に襲撃を仕掛けるのは常套手段だが、わざわざ戦力を分けた…?飛風と土倉、その2つを同時に潰さなければならない理由はないだろう。どちらか1つを潰し、仕事が増えすぎて疲弊したところに襲撃を仕掛ければいい。だとすれば、可能性としては陽動…)
「…まさか」
「ええ。そのまさかですよ」
「っ!?セン!」
「お任せください!」
聞こえてきた声に、咄嗟にセンの名を呼ぶ。センは即座に防御行動に入り、近くにいた飛風家の2人を守る。篩は素早く術を発動して背後のそれを攻撃しようとしたが、術が発動するよりも速く、男はその場から離脱しており、まさに極大の術を発動しようという瞬間だった。
「《
美しき蒼い光に支えられる、堕ちた太陽の化身とも言える、珠。それが地面に炸裂し、超級妖との戦いですでにボコボコになっていた地面が、一撃で消し飛ぶ。強力な術で防御したにも関わらず、篩達はその場に留まることができずに吹き飛ばされる。
「セン!無事か!」
「問題ありません、3人共無事です!」
「まあ、この程度あれば生き残りますか」
「貴様…この地に何用だ!」
「貴方こそ、妖術師でありながら陰陽師に与するとは、随分と堕ちたものですね」
「堕ちたのは貴様だろう、縁妖凪勿!」
怒りの表情を浮かべ叫ぶ篩に、凪勿は怪しい笑みを向ける。
「昔のように"叔父上"とは呼ばないのですね、寂しいものです」
「私はもう、貴様のことを叔父だとは思っていない…わかっていてもなお…私は…貴様を許せない!」
「あれほど大人になれと…まったく。己の実力不足を他人に押し付けるとは…そんなことだからいつまで経っても"力"が成長しない」
凪勿はやれやれといった様子で息を吐き、先ほどまでとは違った鋭い眼光を篩に突き刺す。
「っ…」
「さて…18年もの間停滞し続けていた私達の関係ですが、そろそろ終わらせますか。超級妖と戦い、少なからず消耗し、足手纏いが2人もいる。この状況なら、どうことが進もうと負けることはありません」
「…だとしても…だとしても!私は諦めることはしない!現代に現れし異端児、縁妖篩として!私は、諦めることだけはできない!止まっていては、先に進めない!少しでも貴様の首に刃を近づけるために、私は進みづけなければならない!」
「そうですか。ではご希望通りーーーー」
ーーー殺して差し上げましょう。
**********
「…なんとかして飛風の方に行けないものかの」
「飛行機も雪による視界不良で止まっています。我々の力だけでは、どうにも」
「風の陰陽術に長けた飛風と言えども、流石に海を渡るほど長くは飛べん。我々にできることはない」
「ま、篩坊がいれば大丈夫じゃとは思うがの。ただ、彼奴は溜め込む。縁妖凪勿と1対1で正面から戦うことになれば精神的な面の差で負けてしまうじゃろうな」
羽蜜は篩の現状を冷静に分析する。
飛風羽蜜は、星の数ほどいる陰陽師の中でも人物のプロファイリングが非常に上手い人物だ。しかし、的確すぎるあまり、風莉以外は弟子になっても途中で心が折れてしまい、羽蜜の元からは去っていった。だが、その能力は飛風家当主として、これ以上のものはなかった。人を見極め、適した役を割り当てる。これは自分自身にも適用できた。得意とする部分を伸ばし、不得手とするものは他者で補う。羽蜜はそうして強くなってきたが、未だに篩や凪勿の力の元はよくわかっていなかった。ただ一つわかっているのは、18年前のあの日が、何かしらのトリガーとなったのだろうが。
「すぐにここを発てるよう準備だけしておくぞ。天候さえよくなればすぐにでも行けるじゃろ」
深い思考を一旦閉じ、切り替えようとした瞬間、後ろから声がした。
『多分そんなんじゃ間に合わないと思うけど』
「!?
『後ろ後ろ〜。ほら、そっちの猫耳ちゃんは気づいたみたいだよ〜』
「後ろじゃと…?」
「…月夜殿が連れてきた式神か?」
『そそ。ルーナだよ』
声の持ち主である銀色の狼は、さして興味もなさそうに畳にうつ伏せになっている。風莉が早い段階で気づいたのは、事前にルーナの声を聞いているからである。
『私は本来氷を司るんだけど、空間の干渉とかも得意でね。こちらに届いてない情報をすでに得ているから良い情報と悪い情報の2つなら教えることくらいはしてあげるよ。どっちから聞きたい?』
ルーナが絶対的な強者の圧を放ち、風莉、羽蜜、羽瀬の3人を威圧しながら問う。その中で最初に口を開いたのは…羽瀬だった。
「では…良い方からお聞かせ願えないだろうか?」
『いいよ〜。飛風家・縁妖篩ともに大きな被害もなく超級妖の討伐に成功したね。これが良い情報だよ』
「…悪い情報というのは…一体?」
『現在進行形で縁妖凪勿・レンの両者による襲撃が行われ、このまま行けば必ず負ける状態まで押し込まれてる感じかな。早く行かなきゃ本当に全滅するよ』
ルーナは表情を変えることすらなく、大変つまらなそうにそう言った。しかし、飛風家の人間としては大問題だ。10km程度なら悪天候だろうが強行することは可能だが、岩手県南部にある飛風家本邸まで行くのは不可能だ。
「…ルーナさん、私たちを飛風家に連れて行くことってできる?」
『そりゃあできるに決まってるよ。なんせ天下の《氷帝》だからね。できない要素なんてどこにもない』
「なら、私たちを」
『連れていってくれ、って言うならさ…相応の対価を支払いなよ。まさか無償でやれなんて言わないよね?』
「っ!」
『連れて行くこと自体は構わない。でも2人までだし、私は意地が悪い。守りたい秘密を一つ無理矢理公開状態にさせてもらうよ』
「そこをなんとかできないかのう…!」
『なら諦めなよ。私は君らがどうなろうと正直どうでもいいからね。ああ、でも猫耳娘だけは主がなんかありそうだし命くらいは守ってあげないこともないかも?』
「…ごめんなさい、お祖父様」
「風莉?」
「いきなりどうしたんじゃ?」
風莉は羽蜜に申し訳なさそうな顔を向けると、2歩ほど前に出る。そして両手を広げ、身体を差し出すような状態でルーナに訴えかける。
「私がどうなろうと構いません。なので、お願いいたします…!」
「なっ!?何をモガッ」
「…風莉、わかっておるのか?」
「承知の上です」
「…そうか。なら止めるわけにはいかんの」
手足をバタバタさせて暴れる羽瀬を押さえつけ、羽蜜は静かな瞳でルーナと風莉を見つめていた。両者の結末が、どうなるのか。
**********
「もう無理ですよ。諦めなさい」
「諦めて、なるものか…!」
ありとあらゆるものが破壊され、残っているのは大量の瓦礫と倒れた陰陽師達、そして、たった3人だけの立っている人影だった。1人はすでに満身創痍で、立っているのもやっとな状態だ。あとの2人は健在で、怪我一つない状態だ。どう考えたって1人の方に勝ち目はない。
「霊力も妖力も尽きた状態でここから捲るのは不可能です。何のために雹牙月夜を土倉の方に誘導したと思っているのですか。貴方を確実に葬り去るためですよ」
「…そうか」
(月夜殿がいなければ何もできない、その調子でいいのか?最近の私は助けられてばかり、何も成せていない。このままで、いいのか?簡単に負けて。本当にいいのか?このまま死んで)
否、否だ。断じて否である。いい訳がない。何の抵抗もなくやられるような、柔な生き方をしてきたつもりはない。なら、せめて。
「…傷痕、残してやる」
「はい?」
その瞬間、篩からゾッとするほどの悍ましい黒い力漏れ出す。
「
篩の心臓が波打つようにして強く跳ねたその時、地面が、空が、黒く染まったのだった。
いつ来る時の月夜まで 雹牙月夜 @hyogagetsuya
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